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食道がん、ゲノム情報+AIで術前化学療法の効果予測に成功-理研ほか

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2022年08月12日 AM10:50

食道扁平上皮がんの医療実装可能な化学療法効果予測モデルはなかった

(理研)は8月9日、食道がんの全ゲノムおよびRNA発現データから腫瘍ゲノムのコピー数異常と腫瘍内の免疫動態を解析し、人工知能()を実現するための手法である機械学習を用いて、術前化学療法の効果を予測することに成功したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センターがんゲノム研究チームの笹川翔太研究員、中川英刀チームリーダー、近畿大学医学部外科学教室上部消化管部門の安田卓司主任教授、22世紀医療センター免疫細胞治療学講座の垣見和宏特任教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports Medicine」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

食道がんは、日本では年間に約2万6,000人が発症し、約1万1,000人が死亡、5年相対生存率は約40%の難治性がんで、病理学的には、扁平上皮がんと腺がんに分類される。日本を含むアジアでは、ほとんどが扁平上皮がんで、その最大のリスク要因は喫煙や飲酒だ。

日本における食道扁平上皮がんの標準治療は、複数の薬剤を組み合わせた化学療法の後に切除手術を行う「術前化学療法+手術」。食道がんは極めて進行が早く、全身の広範囲に転移を伴うことが多い悪性度の高い腫瘍で、術前から潜んでいるとされる全身の微小転移をどれだけ制御できたかが予後を大きく左右する。しかし、化学療法の効果は40~60%で、化学療法だけでがんが完全治癒・消失することもまれにはあるが、その効果は治療開始前に予測できない。そのため、2~3か月にわたる術前治療期間中に効果が見られず、腫瘍が増大した場合は切除手術の機会を失うこともあり得る。従って、化学療法の効果を事前に予測することが臨床上重要であり、これまでさまざまな情報を基にした予測が試みられてきた。しかし、予測の精度は高くなく、再現性も乏しいため、医療実装はなされていない。

一方、食道扁平上皮がんの全ゲノムの構造はすでに解明されており、食道がんにおける腫瘍免疫の重要性や免疫療法の効果も報告されている。そして、乳がんや卵巣がんなどでは、ゲノム変異情報や腫瘍内での免疫細胞の働きに関する情報を組み合わせて、術前治療の効果予測が行われている。そこで研究グループは、食道扁平上皮がんのゲノム変異情報や、遺伝子発現から推測した免疫細胞の働きから、化学療法の効果を予測するアルゴリズムの開発を試みた。

121例の全ゲノムデータと化学療法の効果を解析、コピー数シグニチャーと有意に関連

研究グループはまず、近畿大学病院において化学療法開始前に採取した121例の食道扁平上皮がん細胞の全ゲノムシークエンス解析を行い、がん細胞の遺伝子変異に関する網羅的な情報を取得。さらに、このデータと実際の化学療法の効果との関連を調べた。

食道扁平上皮がんで最も多い変異はTP53遺伝子(がん抑制遺伝子)の変異だが、その有無と化学療法の効果には関連が見られなかった。がん細胞で起こる遺伝子変異のパターンである変異シグニチャーを調べたところ、喫煙によって起こる変異パターン(SBS29)との関連が見られ、喫煙量が多いと化学療法の効果が下がった。がんのコピー数異常では、食道がんに多く観察されるがん関連遺伝子(CCND1、TP63/SOX2、FGFR1、CDKN2A)が位置する比較的小さな領域のコピー数異常と化学療法の効果には関連が見られなかったが、9番染色体短腕や12番染色体長腕などの大きな領域のコピー数異常には、化学療法の効果との関連が見られた。これらの領域には、NF-κBシグナルなどの炎症関連遺伝子が位置していることから、免疫との関連が考えられた。さらに、がん細胞で起きるコピー数異常のパターン(コピー数シグニチャー)を解析したところ、コピー数シグニチャーと化学療法の効果に有意な関連が見られた。

炎症関連遺伝子の発現が高い群で化学療法の効果も高い、好中球が多い群は効果が低い

がん細胞に対する免疫細胞の働きを遺伝子発現の程度から推測し、化学療法の効果との関連を調べるため、121例の食道がん組織のRNA発現解析データを得て、がん組織内に浸潤した免疫細胞の活動性についても解析を実施。このデータに対して、遺伝子発現の傾向を調べるためにGSEAという解析を行ったところ、IFN-γなどのさまざまな炎症関連の遺伝子群の活性、つまりパスウェイ(遺伝子間の連続的な機能的連関)活性が、化学療法の効果が高い群で上昇していた。

さらに食道がん組織に浸潤している免疫細胞に着目し、好中球、B細胞、CD8+T細胞、CD4+T細胞がそれぞれ多く発現する4つの群に分類できた。注目すべきことに、好中球の多い群では他の群に比べて化学療法の効果が低く、好中球が化学療法の効果と機能的に関連していると考えられた。そこで、免疫機構が保たれたマウス扁平上皮がんモデルを作製し、好中球を除去すると化学療法の効果が大きく向上し、腫瘍の増殖が抑制されることを証明した。

機械学習で化学療法の効果予測アルゴリズムを開発、AUC=0.8

次に、121例のゲノム変異情報と腫瘍免疫情報に、喫煙量、年齢、性別などの臨床情報を加えた、81項目の個々の症例の情報を統合し、機械学習によって化学療法の効果を予測するアルゴリズムを開発した。この手法により、化学療法の効果に最も寄与する因子は、腫瘍内への好中球の浸潤と腫瘍細胞のコピー数シグニチャーであると判明。

また、開発したアルゴリズムの診断精度を調べるために、121例のほかに新たな20の食道扁平上皮がん症例についても同様の解析を行った。その結果、診断法の有用性を示すAUC=0.8(1に近いほど精度が高い)の値が得られ、診断精度の再現性が確認できた。

ゲノムと免疫情報を基にした精密医療に期待

今回の研究により、食道扁平上皮がん組織のゲノム情報、免疫情報、性別・生活習慣などのさまざまな情報を組み合わせることで、食道がんの化学療法の効果予測が可能であることが証明された。この研究手法は、食道がんのみならず他の腫瘍の化学療法の効果予測や精密医療にも応用できる可能性がある。臨床的には、術前化学療法の効果が期待できないと事前に診断できた症例は、手術療法を先行することができる。

また、化学療法の効果に、腫瘍免疫が密接に関連することがわかった。「食道がんに対する免疫細胞の活動についてさらに詳細な研究を進めることで、化学療法と免疫チェックポイント阻害剤の併用療法、または新しい複合免疫治療の開発が期待できる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

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