ヒト型Vmat1遺伝子マウスを作製、ヒト特有の変異につき脳内での機能や行動への影響を解析
東北大学は8月3日、神経伝達物質の輸送に関わるVMAT1遺伝子に生じたヒト特有の遺伝的変異が、脳内の遺伝子発現や神経活動、そして行動に及ぼす影響を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科の佐藤大気博士(現:藤田医科大学)、河田雅圭教授ら、国立精神・神経医療研究センターの井上(上野)由紀子博士ら、東北大学大学院薬学研究科の佐々木拓哉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」電子版に掲載されている。
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セロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質は、ヒトの認知・情動機能において重要な働きを担っている。その進化的起源は後生動物まで遡るほど古く、関連遺伝子の機能は進化的に強く保存されている一方で、その種内および種間における遺伝的な変異が、社会性や攻撃性、不安やうつといった動物の精神的特性に大きな影響を与えている可能性が報告されている。
研究グループの先行研究により、神経や分泌細胞内で分泌小胞に神経伝達物質を運搬する小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)遺伝子が、人類の進化過程で自然選択を受け、進化してきたことが示唆された。特に、この遺伝子の136番目のアミノ酸座位では、アスパラギン(Asn)からスレオニン(Thr)へと、人類系統で進化したことが明らかとなっている。また、現代人においては、136番目のアミノ酸がイソロイシン(Ile)型の人も一定数おり、Thr型の人に比べて、うつや不安傾向が低いことが報告されている。さらに、先行研究により、136番目の座位がIle型のVMAT1タンパク質は、AsnやThr型に比べ、神経伝達物質の取り込みが多いことが明らかとなっている。こうした背景から、VMAT1遺伝子に生じたヒト特有の変異は神経伝達物質を介したシグナル伝達に影響し、ヒトの精神的特性の進化に寄与した可能性がある。一方で、この人類特有の変異が私たちの脳内でどのように機能し、行動に影響を与えているのかは不明だった。
そこで今回の研究では、ゲノム編集を用いて136番目のアミノ酸座位をヒト型(ThrあるいはIle)に置換したVmat1遺伝子編集マウスを作製。脳内の遺伝子発現や神経活動、そして行動を遺伝子型間で比較した。
扁桃体で下流のシグナル経路に関わる遺伝子発現や神経活動の変化、不安様傾向の行動変化
解析の結果、特に情動の制御に関わる扁桃体という脳領域において、対照群である野生型(Asn)マウスとIle型マウスの間で、下流のシグナル経路に関わる遺伝子発現や神経活動の変化、さらに不安様傾向といった行動の変化が見られた。
中枢神経系におけるVMAT1遺伝子の機能的役割は不明な点が多く、同研究はその解明に向けた足がかりとなると考えられる。また、ゲノム編集技術を用いて、人類の進化過程で自然選択を受けたと考えられる単一アミノ酸置換の効果を検証した例はほとんどなく、今後の進化学研究における一つの方向性を示す点で重要な研究成果だとしている。
不安やうつなど精神・神経疾患発症メカニズムなどに示唆を与えると期待
同研究成果は、認知や情動機能に関わる神経伝達物質の調節機構に生じた人類特有の進化が脳や行動に及ぼす影響を明らかにしており、不安やうつといった精神・神経疾患の発症メカニズムや進化的意義について示唆を与えると期待される、と研究グループは述べている。
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