医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 日本人の腸内細菌叢ビッグデータベース構築、多剤併用等の影響解明-東京医科大ほか

日本人の腸内細菌叢ビッグデータベース構築、多剤併用等の影響解明-東京医科大ほか

読了時間:約 5分55秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2022年07月25日 AM11:21

腸内の微生物とそれらの遺伝子情報を網羅的に同定、マイクロバイオームと薬剤使用の関連を検証

東京医科大学は7月20日、薬の種類や多剤併用が及ぼすヒト腸内細菌への全貌を解明したと発表した。この研究は、同大消化器内視鏡学分野の永田尚義准教授と、河合隆主任教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の西嶋傑次席研究員(現:欧州分子生物学研究所)、理工学術院の服部正平教授(現:東京大学名誉教授)、国立国際医療研究センター消化器内科の小島康志医長、糖尿病研究センターの植木浩二郎センター長、感染症制御研究部の秋山徹特任研究部長、国府台病院の上村直実院長(現:国府台病院名誉院長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Gastroenterology」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

人口の高齢化に伴い薬剤を内服する患者数は増加しており、特定の薬剤だけでなく多剤併用に伴う副作用や薬剤に関連する新たな疾患発症が世界的な問題となっている。一方、ヒトの腸管には1,000種類以上の常在菌が生息しており、それらの集合は「」と呼称され、ヒトの健康長寿や病気の発症を理解する上での重要な要素となっている。

研究グループは今回、日本人を対象に、最新の解析技術を用いて腸内の微生物と、それらが持つ遺伝子情報を網羅的に同定した。さらに、詳細な臨床データと組み合わせたビッグデータ解析を行うことで、マイクロバイオームと薬剤の使用との関連を詳細に検証した。

世界的にも大規模な「腸内マイクロバイオーム」データベースを構築

研究では、日本人約4,200例を対象に、詳細なメタデータとマイクロバイオームデータを統合した大規模データベースを構築し、Japanese 4D(Disease Drug Diet Daily life)コホートと命名した。メタデータには、多彩な疾患や薬剤情報、食習慣、生活習慣、身体測定因子、運動習慣などが含まれ、特に薬剤に関しては750種類以上の薬剤投与歴を網羅的に収集。さらに、4,200例の糞便をショットガンメタゲノムシークエンスで解析し、1,773種(種レベル)、腸内細菌の遺伝子機能1万689個、薬剤耐性遺伝子403個を同定した。

さらに、日本人の腸内には「Bacteroides」「Bifidobacterium」「Clostridiales」「Blautia」「Faecalibacterium」などの菌種(属レベル)が多いことを大規模データから明らかにした。このような膨大な生活習慣・臨床情報とマイクロバイオーム情報を統合したデータは、世界でも最も大規模なものの一つだという。

日本人の腸内細菌叢に影響を最も与えるのは「薬剤」、食生活や生活習慣に比べ3倍以上

さまざまな外的・内的要因が腸内細菌叢のバランスに影響を及ぼすことがわかっているが、それらの要因を網羅的に解析した研究は少ないのが現状だった。しかし、日本人の腸内細菌叢を対象にした同研究により、薬剤の影響が最も強く、次いで疾患、身体測定因子(年齢・性別・BMI)、食習慣、生活習慣、運動習慣の順であることが明らかになった。薬剤が及ぼす影響は食習慣、生活習慣、運動より3倍以上も強く、この影響度の強さは、腸内細菌叢を属、種、遺伝子機能等のさまざまなレベルで解析しても同様な結果だったという。

同結果は、ヒトマイクロバイオーム研究における「薬剤情報の収集の重要性」と「薬剤投与歴を考慮した解析の必要性」を強調する結果だとしている。

腸内細菌叢への影響が最も大きい薬剤は「消化器疾患治療薬」

次に、薬剤の中でどのような疾患治療薬が腸内細菌叢に強い影響を及ぼすのかを検証した。さまざまなメタデータを交絡因子として組み入れた多変量解析を行ったところ、消化器疾患治療薬、糖尿病薬、抗生物質、抗血栓薬、循環器疾患薬、脳神経疾患薬、抗がん剤、筋骨格系疾患薬、泌尿器・生殖器疾患薬、その他(呼吸器系疾患薬や漢方薬)の順で影響が強いことが明らかになった。また、消化器系疾患薬の中では、Proton-pump inhibitor(PPI)、potassium-competitive acid blocker(P-CAB)などの胃酸分泌抑制薬、Osmotic acting laxative(浸透圧性下剤)、アミノ酸製剤、胆汁酸促進剤の影響が強く、糖尿病薬の中ではαグルコシダーゼ阻害薬が最も強く影響することが判明。さらに、特定の疾患と疾患治療薬の腸内細菌の変動は異なることもわかったという。

これまでの研究では、薬剤の種類が50以下と少ないことが問題だったが、同研究では759種類もの薬剤を含めた。これにより、疾患治療薬という大分類で腸内細菌叢への影響を概観しつつ、個々の治療薬の影響までも詳細に明らかにすることができたとしている。

多剤併用で「日和見感染症の病原菌増加」「薬剤耐性遺伝子増加」「免疫恒常性に関連する菌が減少」

次に、個々の患者における薬剤投与の「数」に注目し、薬剤投与数の増加に伴う腸内細菌叢の変化を検証した。4,200例の中で、10剤以上の薬剤を服用している患者は603例(14%)だった。まず、薬剤投与数が増えるにつれて腸内に常在している日和見感染症を引き起こす病原菌が増えることを発見した。特に、Enterococcus faecium、Enterococcus faecalis、Klebsiella Oxytoca、Klebsiella pnuemoniae、Acinetobacter baumannii、Streptococcus pneumoniaeなどの菌種が薬剤投与数とともに腸内で増加すること(正の相関)を見出した。

さらに、日本人4,200例の腸内細菌が有する薬剤耐性遺伝子(抗生剤耐性遺伝子)を網羅的に調べ、403個の腸内薬剤耐性遺伝子(Gut resistome)を同定した。薬剤投与数と腸内細菌叢がコードする耐性遺伝子の量との関連を検証したところ、投与数が増加するにつれて耐性遺伝子の量も増加することが判明した。一般的に、薬剤投与数は疾患数が増えるにつれて増加するため、両者の違いに注目した。疾患数と薬剤投与数の間で共通して関連する腸内細菌(Streptococcus属やLactobacillous属など)がいくつか明らかとなったが、両者の間で異なる腸内細菌も多数存在することが判明した。特に、薬剤投与数の増加は多様な菌種の減少と関連しており、その多く(Blautia、Facaebacterium、Lachnospiraceae、Eubacterium、Clostridium、Dorea)は、酪酸や酢酸など短鎖脂肪酸を産生する菌だった。腸内細菌により生成される短鎖脂肪酸には免疫の恒常性を保つ働きがあることがわかっており、これら菌種が減少することは、宿主の免疫恒常性にも影響があることが予想される。

今回、多剤併用による日和見感染症の病原菌の増加や、薬剤耐性遺伝子の増加、免疫恒常性と関連する菌が減少した知見は、多剤併用が腸内環境へ悪影響を与えることで、好ましくない転帰を引き起こす可能性を示唆している。

不適切な薬剤投与で変化した腸内細菌叢、薬剤の中止で影響を減らせる可能性

最後に、横断研究(N=4,200)で得られた「薬剤や腸内細菌叢との関連」に関して、薬剤が原因で腸内細菌叢が変化したのか(原因)、または、薬剤を摂取するような人は元々変化した腸内細菌叢を持っていたのか(結果)を検証した。同一患者でPPI投与前後において2回糞便を収集し(N=243)、ショットガンシークエンスを行った。1回目と2回目の糞便サンプルを比較することで、PPIの使用を開始した後、「Lactobacillus属」や「Streptococcus属」の腸内細菌の増加や「E, faecium」や「S, pnuemoniae」などの日和見感染症を引き起こす病原菌種が増加することがわかった。一方、PPIの使用を中断すると、これらの菌種は減少することが判明した。

同結果は、横断研究で明らかとなった結果と一致しており、実際に薬剤が原因となって腸内細菌叢が変化したこと、さらにはPPIの使用により変化した腸内細菌叢は、PPIの使用を中断することで元に戻せる可能性が示唆された。そして、薬剤投与数が増加した被験者では「Streptococcus属」や「Lactobacillus属」などの腸内細菌の増加を示し、「Cationicantimicrobial peptide resistance」など特定の代謝経路に関わる遺伝子が増加することが明らかとなった。一方、薬剤投与数を減少することでこれらの菌種や遺伝子機能は減少することが判明した。

以上の結果から、薬剤の使用が実際に腸内細菌叢の変化を引き起こすこと、さらに、不適切または過剰な薬剤投与により変化した腸内細菌叢は、薬剤の使用を中止することでその影響を減らすことができることが強く示唆された。

特定の腸内細菌をターゲットとした薬剤関連疾患の発症予防や治療法開発につながることに期待

今回、世界に類を見ない情報量と多数例の解析から、薬剤が及ぼす腸内マイクロバイオームへの広範囲な影響が見出された。この影響は可逆的な一面もあり、不必要な薬剤の投与を見直す必要性が強調された。また、同研究結果は「どの薬剤がどの程度腸内細菌叢に影響するのか」を検索できるカタログ(辞書)として、医師や患者が薬剤選択をする上での有用な知見となり得る。さらに、薬剤で増加もしくは減少した特定の腸内細菌が、長期薬剤使用や多剤併用により生じる副作用を予測するバイオマーカーになる可能性がある。

「これらに加え、特定の腸内細菌をターゲットとした薬剤関連疾患の発症予防や治療法の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大
  • 糖尿病管理に有効な「唾液グリコアルブミン検査法」を確立-東大病院ほか
  • 3年後の牛乳アレルギー耐性獲得率を予測するモデルを開発-成育医療センター
  • 小児急性リンパ性白血病の標準治療確立、臨床試験で最高水準の生存率-東大ほか
  • HPSの人はストレスを感じやすいが、周囲と「協調」して仕事ができると判明-阪大