ADRCに目的の遺伝子を導入し、細胞の性質を変える直接リプログラミング法に着目
名古屋大学は7月20日、成体の脂肪組織由来の間葉系前駆細胞(ADRC)に対して、6つの特定の転写因子(Baf60c, Gata4, Gata6, Klf15, Mef2a, Myocd)の導入を行うことで、心筋細胞へと分化誘導をはかる、新たな直接リプログラミング法(direct reprogramming, ダイレクトリプログラミング)を開発したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院 循環器内科(現 救急科)の成田伸伍病院助教、同大大学院医学系研究科 循環器内科学の海野一雅助教(現 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 第一循環器内科部長)、循環器内科学の室原豊明教授らの研究グループと、同大学医学系研究科ウイルス学の佐藤好隆准教授、および名古屋市立大学医薬学総合研究院大学院医学研究科ウイルス学分野の奥野友介教授との共同研究によるもの。研究成果は、「iScience」電子版に掲載されている。
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WHOの統計によると、2000~2019年の世界の死因第1位は「虚血性心疾患」であり、死亡者はこの20年で200万人以上増加し、2019年には890万人に達したとされている。心血管病は予防法から治療法まで日々進歩を遂げている一方、多くの患者がこの病気に悩んでいるという現状がある。この問題に対し研究グループは、幹細胞・前駆細胞を用いた心血管病の再生治療の研究をこれまで行ってきた。脂肪組織は心筋再生を含む再生医療において、魅力的な細胞供給源と考えられており、脂肪組織由来前駆細胞が心血管病の再生治療において有力な細胞群であることをこれまでに示してきた。また、マウスモデルにおける下肢虚血に対してADRCを移植すると、ケモカインの一つ「stromal cell-derived factor1(SDF-1)」が、移植したADRCより分泌されることで、その周囲の血管新生を促進し、虚血肢の回復を促すことも報告していた。
さらに、心筋再生については、マウスの心筋梗塞モデルを用いて、梗塞巣に移植されたADRCから血管新生促進因子である「血管内皮増殖因子(VEGF)」や「塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)」が分泌され、血管新生の促進、心筋梗塞サイズの縮小、線維化の抑制、生存率や心機能の向上などの結果が得られていることを報告している。加えて、臨床研究において、自家移植したADRCが重症虚血肢の患者に安全で有効であり、血管新生を促進し、組織の炎症を抑制することで損傷した組織を修復できたという臨床結果も報告している。これら背景を踏まえ、今回はADRCに対して新たに直接リプログラミング法を用いる研究を行った。
6因子を同定、ADRCへ導入で心筋細胞に類似した性質を獲得
研究グループはまず、ADRCを心筋細胞へと直接リプログラミングするために必要な因子の同定を開始。RNAシークエンス解析という網羅的な遺伝子の解析を用い、マウスにおけるADRCと心臓組織の遺伝子の発現の違いを調べ、候補の因子を15個にまで同定した。次に、同定した15個の候補因子の組み合わせをそれぞれのパターンで比較したところ、最終的に6つの因子、Baf60c、Gata4、Gata6、Klf15、Mef2、Myocdの組み合わせをADRCに遺伝子導入することで、ADRCを最も効率的に心筋様細胞へ誘導することを明らかにした。
この6因子の遺伝子を導入したADRC(6F-ADRC)を顕微鏡で観察すると、心筋細胞を構成するタンパク質「α-サルコメリックアクチン」や「トロポニンT」が細胞内にあることが判明した。心筋様細胞へと変化しているGFPで光る緑色のADRCのみを集めてRNAシークエンス解析を行うと、さまざまな心臓関連の遺伝子が発現しており、この遺伝子発現の分布は、成体マウスの心室心筋細胞の発現に近付いていることがわかったという。さらに、シングルセルRNAシークエンスという単一細胞レベルでの網羅的な遺伝子発現についても調べたが、これまでの結果と同様に、「GFP陽性のADRCは心筋細胞に関連した複数の遺伝子を発現している」という結果が得られたという。以上のことから、6因子の遺伝子を導入して直接リプログラミングを行ったADRCは、心筋細胞に向かった分化誘導がなされていることが明らかとなった。
6F-ADRCをモデルマウスに移植、心筋再生効果を確認
次に、6F-ADRCが心臓再生治療に有効であるかについて、動物モデルを使って検証を行った。直接リプログラミングを行った6F-ADRCを、急性心筋梗塞モデルマウスの梗塞エリアに細胞移植し、1か月の経過を評価した。
その結果、6F-ADRCの誘導細胞移植群では、非誘導細胞移植群と比較して、生存率が改善した。また、細胞移植後に行った心臓超音波検査では、誘導細胞移植群と非誘導細胞移植群の左室内径短縮率(LVFS)の差が、経過時間とともに徐々に明確になり、21、28日目では誘導細胞移植群で心機能が有意に保持されたという。さらに28日後の顕微鏡での組織の評価(マッソントリクローム染色)では、梗塞面積および全左室面積が誘導細胞移植群において、非誘導移植群より有意に減少していることがわかったという。
新たな心臓再生治療法の確立に期待
今回の研究成果により、成体から取り出したADRCを6つの転写因子の遺伝子導入で、心筋様細胞へと分化させることが可能であることが判明した。さらに、誘導をかけたADRCを動物実験で急性心筋梗塞に移植した場合、心筋細胞としての性質を維持したまま梗塞境界部に長期間留まり、血管新生作用を介した心機能の改善効果があることも示された。
「ADRCは幹細胞の中でも比較的容易に採取でき、腫瘍形成能も低く、安全性や倫理的な問題も少ないと考えられることから、自家移植も可能な細胞治療として有望視されている。今後は本研究成果を受け、ADRCの直接リプログラミングを介した、新たな心臓再生治療法を確立することが期待される」と、研究グループは述べている。
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