日本人ASDを対象としたエクソーム解析による候補遺伝子探索は実施されていなかった
名古屋大学は7月11日、日本人最大規模の自閉スペクトラム症(ASD)患者ゲノムサンプルを対象として、全ゲノム解析の一つであるエクソーム解析を行い、日本人のASD病態に、神経細胞シナプス機能関連遺伝子セットが関わることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科精神医学・精神疾患病態解明学の尾崎紀夫特任教授、精神医学分野の木村大樹講師、ヘルスケア情報科学の中杤昌弘准教授、横浜市立大学の松本直通教授、理化学研究所の高田篤チームリーダー、米国California University San Diego校精神科のJonathan Sebat教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Translational Psychiatry」誌にオンライン掲載されている。
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自閉スペクトラム症(ASD)は、生後早期より存在する、対人関係の苦手さや強いこだわりを特徴とする表現型を呈する。これらのASDが呈する表現型には遺伝要因の関与が示唆されていたが、その解明は未だ不十分である。近年、次世代シークエンス技術の進歩と低価格化により、全遺伝子のタンパク質コード領域の配列を解読するエクソーム解析が、精神疾患患者を対象に大規模に実施することが可能となっている。実際、欧米の大規模エクソーム解析では、ASD発症候補遺伝子が100個程度同定されており、ASDの診断補助法への有用性が示唆されていた。しかし、日本人ASDを対象としたエクソーム解析による候補遺伝子探索は実施されていなかった。研究グループは、国内最大規模のASDサンプルを用いたエクソーム解析を実施し、ASD発症候補遺伝子と病態の探索を試みた。
シナプス機能に関与するバリアントが健常者よりも多く存在
ASD患者309人と健常者299人を対象に、全遺伝子のタンパク質コード領域の配列を解読するエクソーム解析を行った。まず、エクソーム解析にて検出されるバリアントから、信頼性が低いバリアントを除去するためのフィルタリングを行った。その後、今回の研究において注目するバリアントとして、遺伝子機能が喪失されるバリアントやアミノ酸配列を変化させ遺伝子機能を変化させるミスセンスバリアントなど、タンパク質機能に強い影響を及ぼし得る頻度の低いバリアントを抽出した。
その結果、欧米の大規模エクソーム解析で同定されたASD候補遺伝子内の機能喪失バリアントが日本人ASDにおいても同定され、それらのバリアントを持つASD患者の表現型に強い影響を与えていることが示唆された。そして、機能喪失バリアントが生じにくい遺伝子セットや、シナプス機能に関与する遺伝子セット、FMRP(知的能力障害やASD症状を伴う脆弱X症候群の原因遺伝子となるFMR1によってコードされるタンパク質)がターゲットとする遺伝子セットが、健常者よりも統計学的に優位に多く存在することがわかった。また、シナプス機能のうち、特にトランスシナプスシグナル伝達(神経細胞間シナプスにおける、GABAやグルタミン酸などの神経伝達物質とその受容体を介した情報伝達機構)に関与する遺伝子セットが最も強い影響力を有していることが示され、ASDの新規病態解明につながることが期待された。さらに、約2万種類の遺伝子とASDとの関連を調べた結果、シナプス機能に関与するABCA13のASD発症への関与が示唆された。これら遺伝子の機能喪失バリアントを持つ患者は、ASDに加えてADHD傾向を有する可能性が高いことも示され、ASDとADHDの共通の病態解明につながる可能性を示した。
原因不明の患者に対する補助診断法としても有用、臨床への応用も
今回の研究により、シナプス機能に関連する遺伝子のバリアントがASD病態に関与する証左が得られたことから、病態解明の更なる進展が期待された。また、原因不明のASD患者に対するエクソームシークエンス解析の補助診断法としての有用性が示唆され、臨床への応用も期待される。「引き続きASD患者の病態解明を進展させるために、今後は、全ゲノムシークエンスを用いて非翻訳領域も含め、より大規模なゲノム解析研究が必要と考えられる」と、研究グループは述べている。
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