難病の肺高血圧症、病態メカニズムの解明が望まれる
慶應義塾大学は6月29日、炎症細胞の一つである肥満細胞において、魚油に含まれる「オメガ3脂肪酸」の代謝物(エポキシ化オメガ3脂肪酸)が産生され、肺血管の異常な線維化を抑えることを明らかにし、このエポキシ化オメガ3脂肪酸の産生酵素であるPAF-AH2が、難病の肺高血圧症と深く関連すること、またこの脂質の補充投与が肺高血圧症を改善させる治療手段となりうることを示したと発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(循環器)の守山英則助教(研究当時、現共同研究員)、遠藤仁専任講師らの研究グループによるもの。研究成果は「Nature Communications」電子版に掲載されている。
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肺高血圧症は、肺動脈狭窄によって右心不全を来す疾患で、いまだ病態メカニズムが解明されていない、治療手段の乏しい難病の一つである。現在、臨床では主に血管を拡張し肺動脈圧を下げる治療薬が使われているが、まだ病気の原因を根本的に治す薬はない。肺高血圧症の病態の主体として、肺動脈を構成する内皮細胞や平滑筋細胞が考えられているが、肺血管周囲の炎症細胞や肺線維芽細胞なども進行を促進する重要なバイプレーヤーとして注目されている。全身の組織は、個々の細胞がさまざまな伝達物質をやり取りすることで機能や形を保っているが、肺血管の場合、その一つとして炎症細胞が特殊な脂質を産生し周囲の細胞をコントロールすることがわかっている。
病状の進行に従って減少するエポキシ化オメガ3脂肪酸とその産生酵素について解析
今回の研究では、まずリピドミクス解析により肺高血圧症の肺組織中に含まれる数百種類に及ぶ脂質成分を同時に測定し、オメガ3脂肪酸の酸化物の一つ、エポキシ化オメガ3脂肪酸が肺高血圧症の進行に従って減少することを見出した。
エポキシ化オメガ3脂肪酸の産生酵素であるPAF-AH2は、炎症細胞の一つである肥満細胞に強く発現していることが知られている。そこで、このPAF-AH2とエポキシ化オメガ3脂肪酸に注目し、肺高血圧症の病態との関連について研究を行なったところ、肥満細胞のPAF-AH2によって産生されるエポキシ化オメガ3脂肪酸が、肺血管の線維化を抑制し、肺高血圧症の発症・進行を抑えていること、また、PAF-AH2が低下あるいは欠失した場合、肺高血圧症の重症化を招くことを明らかにした。さらに、エポキシ化オメガ3脂肪酸の投与は、TGF-βシグナルを介した肺線維芽細胞の活性化を抑えることで、肺血管の病的な組織変化および右心不全の改善をもたらした。その効果は、複数の肺高血圧症の動物モデルにおいても実証され、治療薬としてのポテンシャルが確認された。
肺高血圧症の新たな治療薬としての活用が期待される
さらに研究グループは、262人の肺高血圧症患者の遺伝子情報について予測プログラムを用いて解析し、Pafah2遺伝子の中に疾患と関連性がある変異が2か所存在することを明らかにした。これらの変異をもつPAF-AH2タンパク質は、構造的に不安定で、すぐ分解されてしまうため、十分なタンパク質量を維持できないこともわかったという。
今回の研究成果をもとに、今後、エポキシ化オメガ3脂肪酸や産生酵素PAF-AH2を活用した肺高血圧治療薬が新たに創出されることが期待される。「今回明らかとなったPAF-AH2の病的遺伝子変異の情報をもとに、肺高血圧症の臨床経過や治療反応性を予測する、先行的なプレシジョン・メディシンへの応用も期待される」と、研究グループは述べている。
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