嗅覚に重要な機能を持つとみられる嗅粘液、分子機構の多くは不明
東京大学医学部附属病院は6月24日、嗅粘膜の表面を覆う嗅粘液に含まれるタンパク質を網羅的に解析したところ、疎水性分子の物質輸送に関わるリポカリンファミリータンパク質の一つであるリポカリン15(LCN15)が多量に含まれていることを見出し、LCN15の嗅粘液中の濃度は加齢により減少することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野の近藤健二准教授、山岨達也教授、味の素株式会社食品研究所の伊地知千織上席研究員、三重大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉・頭頸部外科の小林正佳准教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は「Scientific Reports」誌にオンライン掲載されている。
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嗅覚を司る嗅粘膜はヒトの鼻腔の上方の狭い空間である嗅裂の最深部、ちょうど脳組織との境界部分に位置している。嗅粘膜には感覚細胞である嗅神経細胞が分布し、その神経突起の末端は鼻腔の表面に出てにおい分子を受容し、脳へ嗅覚刺激を伝達する。嗅粘膜の深部には特異的な分泌腺であるボウマン腺があり、これが産生する粘液(嗅粘液)は嗅粘膜の表面を覆っている。嗅粘液にはにおい物質の溶解、嗅神経細胞への輸送、感染制御、不要になったにおい物質の排除などさまざまな機能が想定されているが、その分子メカニズムには不明な点が多い。
嗅粘液特異的にLCN15が高濃度で含まれ、その濃度は50歳以上で低下
研究グループは、まず鼻腔深部の嗅粘液を非侵襲的に効率よく回収する採取法(懸垂頭位による嗅裂の洗浄液の回収)を考案し、採取した嗅粘液のタンパク組成を網羅的に解析した。その結果、嗅粘液にはLCN15が高濃度に含有されていることがわかった。そこで、LCN15に対する特異抗体を作成し、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)を用いて、嗅粘液中および鼻腔の下方の粘液である呼吸粘液中のLCN15濃度を定量したところ、嗅粘液中のLCN15の濃度は呼吸粘液中の約60倍であった。
次に、手術検体の嗅裂粘膜について、抗LCN15抗体を用いて染色し、LCN15の分布を調べたところ、LCN15はボウマン腺の腺房のみに分布していた。また、嗅裂粘膜における嗅神経細胞の分布量とLCN15の分布量には正の相関(一方が増えるともう一方も増え、一方が減るともう一方も減るような相関関係)がみられた。さらに、嗅覚正常者と嗅覚障害の患者の嗅粘液を採取してLCN15の濃度を測定したところ、50歳以上の嗅覚正常者および50歳以上の嗅覚障害の患者は、50歳未満の嗅覚正常者に比べ低濃度であることがわかった。
嗅粘膜の変性の度合いを評価する指標として期待
今回の結果から、LCN15は嗅粘膜のボウマン腺の活動を示す指標であり、これは加齢に伴って低下すると考えられた。LCN15の嗅粘膜における機能の詳細は今後の更なる研究が必要であるが、上記の嗅粘液の生理機能の一端を担っていることが想定され、本研究の成果はヒトの嗅覚受容機構の理解につながることが期待できるという。また、これまでの臨床的なヒトの嗅覚系の評価は、においを被験者に提示し、返答を得るという自覚的、心理学的な検査法のみであり、他覚的な検査法はまだ実用化されていない。「嗅粘液中のLCN15の濃度測定が、嗅粘膜の変性の度合いを評価する臨床検査法として嗅覚医学の新しい展開に貢献する可能性がある」と、研究グループは述べている。
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