視覚系が影響を受ける経験的文脈は、身体の姿勢変化と結びついているのか?
豊橋技術科学大学は6月15日、見上げる、見下ろすといった姿勢変化によって、特定の見えにおける知覚バイアスの強さが変化することを発見したと発表した。この研究は、同大情報・知能工学専攻博士後期課程の佐藤文昭氏(日本学術振興会特別研究員)、中内茂樹教授、南哲人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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ヒトがものを見るとき、カメラのように映像を切り取っているように考えがちだが、その時の状況や前後の文脈に応じて、意識にのぼる見えを柔軟に変化させている。例えば、周囲の色によって対象の色の見え方が異なる「色の対比効果」はよく知られた現象だ。このように、知覚を柔軟に調整する方法については未解明な点が多く、これを調査することは、ヒトの視覚経験がどのように形成されるかを知るために重要であると考えられている。
ヒトの視覚系は膨大な情報を処理するために、「ヒューリスティック」と呼ばれる学習を通じて得られるような経験則に従って処理されている。このことは、曖昧な図形を呈示したときにどのように解釈されるかについて調査した研究によって明らかになっている。
例えば、2種類の見え方を知覚することが可能な立方体(ネッカーキューブ)がある場合、観察者は下からではなく上からの視点の見えが知覚しやすい傾向がある(この知覚の偏りを知覚バイアスと言う)。これは日常生活において、立方体を下から覗き込んで見るより、上から眺める経験の方が多いために生じる現象であると考えられている。このように、視覚系は経験的文脈の影響を受けることが知られている。しかし、この経験的文脈が身体の姿勢変化と結びついているかについては不明だった。
ヒトの視覚系では知覚内容を決定する手がかりとして、姿勢変化を用いている可能性
この点を明らかにするために研究グループは、ネッカーキューブを使用して知覚内容の確率変化を調査した。バーチャルリアリティ空間に5つの角度(60度、30度、0度、-30度、-60度)のいずれかに配置されたネッカーキューブの見えについて実験参加者に尋ねた。実験条件は、垂直条件のほかに、統制条件として水平条件でも行った。
その結果、垂直に見下ろした条件の方が見上げている状態よりも、上から見た外観に見える確率が有意に高いことがわかった。一方、水平条件では有意差はみられなかった。
同研究では、入力が一定であるにもかかわらず2種類の知覚体験が可能な刺激を用いたため、網膜上の情報はどの条件でも一定なはずだ。しかし、知覚率が姿勢に応じて異なったことから「ヒトの視覚系では、知覚内容を決定するための手がかりとして姿勢変化を用いている」ということが示唆された。
「どのようなメカニズムで知覚・瞳孔径と姿勢が結びついているのか」の調査が今後の課題
今回の研究成果により、ヒトの視覚系は、観察者の姿勢に応じて知覚内容が柔軟に調整されていることが示された。同知見は、視覚がどのように表現されているかをモデル化する際に役立つことが期待される。
「本実験では、認知的要因を反映するとされる瞳孔径についても計測した。その結果、瞳孔径は、首の垂直方向の動きと密接に関係していることが示唆された。そのため、どのようなメカニズムで知覚・瞳孔径と姿勢が結びついているのか調査することが今後の研究課題と言える」と、研究グループは述べている。
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