精細管から精巣網に向かう精子の流れは?
東京医科大学は6月15日、マウスの精巣内で複雑に蛇行する精細管内を流れる精子の分布や動きを可視化し、解析した結果を発表した。この研究は、同大人体構造学分野の表原拓也講師、医学科第6学年の金澤優太氏、金沢大学の仲田浩規講師(現:公立小松大学保健医療学部臨床工学科教授)、京都大学の平島剛志特定准教授(現:シンガポール国立大学助教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Reproduction」に掲載されている。
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精巣の精細管で作られる精子は、完成すると精細管内を流れていき、精巣網・精巣輸出管を通って精巣上体管へと運ばれる。その精細管内の流れを生み出すものとして、精細管周囲を取り囲む平滑筋様細胞が重要であることが知られている。しかし、その平滑筋様細胞が、消化管でみられるような蠕動運動によって一方向の流れを生み出すのか、協調することなくランダムな流れを生み出すのかはわかっていなかった。また、精子は完成するまでさまざまな分子によってセルトリ細胞と接着していることが知られているが、接着が剥がれ精細管内に精子が剥がれ落ちる仕組みはわかっていなかった。
そこで研究グループは、マウス精巣内に存在する一続きの精細管内を流れる精子の分布を三次元再構築の手法を用いて解析し、マウスを生かしたまま精細管内の精子の動きを可視化した。
セルトリ細胞に付着している精子、鞭毛の向きが何度も変わる様子を世界で初めて捉えた
マウスにおける精細管ステージは、ステージIからXIIの12段階に分かれており、精子はVIIIとIXの間でセルトリ細胞から遊離する。精細管内を流れる遊離精子の位置を三次元的に観察したところ、精子が剥がれ落ちる精細管ステージVIIIの位置から最も近い位置の精巣網に向かう方向だけでなく、遠ざかる方向にも存在していることがわかった。
また、精細管内の精子系列細胞および精子鞭毛が標識されるマウスを用いた観察により、セルトリ細胞に付着している精子鞭毛の向きが何度も変わる様子を世界で初めて捉えることに成功した。これらの結果から、精細管内の精子は行ったり来たりしながら流れることが示唆された。
一方、同一の精細管内でステージVIIIは複数存在するが、精巣網に向かって遊離精子が蓄積していく様子は確認されなかった。このことは、すべてのステージVIIIから同時に等しく剥がれ落ちるというよりは、特定のステージVIIIで継続的に剥がれる、または、遊離した精子が精巣網に辿り着くまでの時間は次の遊離が生じるより早い(流れる平均速度は30~180µm/秒と推算)ことが考えられた。
精細管が折れ曲がる部位で、精細管壁から精子が剥がれやすくなる
精巣の組織図を観察すると、精細管が180度折れ曲がる部位を目にすることがある。これまでの精巣研究ではそのような「歪な」断面像は観察対象とされてこなかった。しかし、川の流れによる浸食作用に代表されるように、流れの曲がる部分では周囲に及ぼす影響が直線部よりも大きくなる。そこで研究でグループは、精細管内の流れに関しても、直線部より折れ曲がった部位で精細管壁に及ぼす影響が大きくなる可能性に着目した。
組織切片で観察すると、精細管壁に付着している精子数は、カーブの内側で少なくなっていた。このことは、カーブの外側の方が浸食作用は強くなることと反対の現象のように思えた。そこで、生体内イメージングにより精細管の折れ曲がった部位を観察すると、カーブの外側の精上皮はほとんど動かないのに対し、内側では大きく動いていることがわかった。
これらの結果から、精細管が折れ曲がる部位ではカーブの内側で精上皮が大きく揺さぶられ、精子が剥がれ落ちやすいことが示唆された。このことは、セルトリ細胞と精子間の接着に関わる分子の変化だけでなく、精細管内物質の流れが生み出す物理的な力が精子の遊離を促進する可能性を示していると考えられた。
精細管の動きの異常に着目した解析による、新たな男性不妊症の発見につながることに期待
研究により、精細管の内部は一様な性質を示すのではなく、直線部か折れ曲がった部位かなどの形状の違いによって性質が異なる可能性が示唆された。今後、精細管内のheterogeneity(不均一性)に着目した研究を行うことで、これまで知られていなかった現象の発見につながることが期待される。
また、男性不妊症の原因としては、精子を作る過程の異常や、精子に対する免疫応答が起こってしまう自己免疫性疾患などが挙げられるが、原因のわからない男性不妊症も未だ多く存在する。研究により、精細管の折れ曲がった部位では直線部とは異なる反応を示すことが明らかになったが、ヒトの精細管はマウスよりも直線部が少なく曲部が多いとされており、ヒトでは精細管内の動きの変化に対する感受性が高いことが想定される。「今後、精細管の動きの異常に着目した解析を行うことで、新たな男性不妊症の発見ならびにその治療法の探索につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京医科大学 プレスリリース