グルーヴリズムで実行機能と機能遂行のための左DLPFC神経活動は向上するのか?
筑波大学は5月17日、グルーヴ感を引き起こすリズム(グルーヴリズム、GR)に対する親和性が高い人は、GRを聴くだけで、運動をせずとも前頭前野が刺激され、実行機能が高まることを見出したと発表した。この研究は、同大体育系/ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授、北海道医療大学看護福祉学部/全学教育推進センターの福家健宗助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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軽い強度でも、有酸素運動には前頭前野の機能を高める効果が確認されている。それにもかかわらず、習慣的な運動実施は低調だ。このような課題を解決するには、効率的に効果が得られ、取り組みたくなるような運動条件を検討する必要がある。
研究グループは、運動に好きな音楽に合わせることでポジティブな気分が高まると、前頭前野の実行機能を高める効果が向上する可能性を見出した。しかし、「運動と相性が良い音楽の特徴とは何か」に着目した検討はなかった。そこで、聴くと身体を動かしたくなるGRの効果に着目した。
「グルーヴ感」は音楽業界で曖昧に共有された感覚だが、2006年に「音楽を聴いて身体を動かしたくなる感覚」とする研究が発表されて以降、多くの研究で定義として用いられてきた。その後、どのような要因がグルーヴ感を高めるかについても研究が行われ、拍の顕著性、音の数の密度、低音成分、シンコペーション、テンポなどが影響することが明らかとなった。また、グルーヴ感誘発の程度には個人差があり、報酬系の一部である側坐核の神経活動は、主観的なグルーヴ感とポジティブな感情の両方のレベルと相関関係にあることが明らかとなっている。報酬系活性化でみられる神経伝達物質の放出亢進は前頭前野機能を賦活する可能性がある。
このように、グルーヴ感の誘発のしやすさには個人差があるものの、グルーヴ感がポジティブな感情をもたらし、報酬系を亢進することが明らかだった。しかし、GRにより前頭前野神経活動が亢進し、実行機能が高まるか否かは検討されていなかった。そこで研究グループは今回、GRを聴くことによって実行機能とその機能遂行のための左DLPFC神経活動が向上するか否かを、GRに対する心理的反応の個人差に着目して検証した。
全対象でグルーヴ感・ポジティブな心理状態が向上、実行機能や左DLPFC神経活動には効果みられず
研究では、3分間のGRの聴取が実行機能と前頭前野神経活動にもたらす効果を検証した。対象は、若齢健常成人51人(18〜26歳)。グルーヴ感がもたらされやすいとされる低〜中程度のシンコペーション度数のドラム音楽をGRとして用いた。コントロール音刺激として、ホワイトノイズのメトロノーム(WM)を使用した。また、音刺激を聴くときには上半身で自然にリズムを取るよう指示。音刺激を聴く前後に、実行機能を評価するカラーワードストループテストを実施し、その時の神経活動を、機能的近赤外分光法(fNIRS)を用いて測定した。神経活動の測定領域はカラーワードストループテスト遂行時の反応領域として知られている左DLPFCとした。GRに対する心理的反応の個人差の影響を検討するため、類似した特徴を持つ集団をグループ化する方法としてクラスター解析を用いた。また、GRに対する心理的反応が大きいほど前頭前野機能が高まるという仮説をベースに、複数の変数間の関係性を見る方法として、パス解析を用いた。
その結果、全対象者でグルーヴ感の向上、ポジティブな心理状態の向上がみられたものの、実行機能や左DLPFC神経活動には効果がみられなかったという。
「ノリが良かった」「頭がすっきりした」グループは、実行機能と左DLPFC神経活動が高まった
続いて、グルーヴ感と心理状態のそれぞれのカテゴリーで最も実行機能への効果に影響が大きかった「ノリが良かった」と「頭がすっきりした」を用いてクラスター解析を行い、3つのグループに分けた。
その結果、「ノリが良かった」と「頭がすっきりした」が両方とも高かった「Groove-familiar」グループの参加者は、GRを聴いたことにより実行機能と左DLPFC神経活動が高まった。反対に、「ノリが良かった」と「頭がすっきりした」が両方とも低かった「Groove-unfamiliar」グループの参加者は、GRを聴いたことにより実行機能が低下した。さらに、グルーヴ感とポジティブな心理状態が高まるほど左DLPFC神経活動と実行機能向上効果が高まる関係を、パス解析により確認できたという。
グルーヴ感とポジティブな心理状態の高まりとともに報酬系が活性化し、前頭前野機能が高まった可能性
これらの結果から、GRが実行機能と左DLPFC神経活動にもたらす効果の規定要因として、GRに対する心理的反応が影響力を有することが初めて明らかとなった。
GRはリズムと身体動作の同調を促し、ポジティブな感情や報酬系を活性化することが知られている。「Groove-familiar」グループの参加者は、リズムと身体動作の同調が成功し、グルーヴ感とポジティブな心理状態の大きな高まりとともに報酬系が活性化されたことで、前頭前野機能が高まった可能性がある。反対に、「Groove-unfamiliar」グループの参加者は、リズムと身体動作の同調が上手く行かず、リズムをとることに余計な注意を強いられ、認知的に疲労してしまった結果、実行機能が低下してしまった可能性があるという。
グルーヴリズムに合わせた運動の効果検証を行い、脳機能向上効果のある運動環境の提案に期待
今回の研究により、運動と相性の良いGRが前頭前野機能にもたらす効果には個人差があり、GRに対する親和性が高い人では、GRを聴くだけで前頭前野が刺激され、実行機能が高まることが明らかとなった。今後は、リズムと身体を同調する能力など、個人差を生む潜在的な要因の影響の検討が望まれる。
「得られた知見を基に、グルーヴリズムに合わせた運動の効果検証を行うことで、脳機能の向上効果をより引き出す豊かな運動環境の提案につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL