O157感染症の重症化を確実に予防、根本的に治療する方法は未確立
群馬大学は5月6日、腸管出血性大腸菌O157の無毒化に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科細菌学講座の平川秀忠准教授、富田治芳教授、同大大学院医学系研究科生体防御学講座の神谷亘教授、鈴江一友講師、株式会社クレハとの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Microbiology」に掲載されている。
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O157に代表される腸管出血性大腸菌は、食中毒の原因菌として知られており、加熱が不十分な食肉や、本菌で汚染された水や調理器具、トング、箸などを介して調理された食材を摂取することで感染する。腸管出血性大腸菌による感染者は、全世界で毎年280万人以上にのぼると推定されている。腸管出血性大腸菌に感染すると、出血性の下痢が起こるが、感染者の約5%(幼児や高齢者に至っては約10%)は重症化し、溶血性尿毒症症候群(HUS)と呼ばれる致死性の急性腎不全や急性脳症を発症する。しかし、本感染症の治療は対症療法しかなく、HUSの発症をはじめとする本感染症の重症化を確実に予防、根本的に治療する方法は確立されていない。
腸管出血性大腸菌は、ベロ毒素(志賀毒素)や3型分泌タンパク質と呼ばれる病原性タンパク質を産生する。これらの病原性タンパク質が本感染症の重症化に寄与していることが知られている。
病原性タンパク質の吸着・解毒を目的に、多孔質炭素MgOC150を使用
今回の研究では、O157が産生する病原性タンパク質を吸着し解毒することを目的に、多孔質炭素MgOC150(製品名:クノーベル MJ(4)150、東洋炭素株式会社)を用いた。本多孔質炭素は、炭素表面に多数の孔(ポア)が存在し、その孔の中に様々な分子を捕捉(吸着)することができる。
多孔質炭素の仲間には、「活性炭」が一般的によく知られているが、多くの活性炭は孔の大きさが小さく低分子化合物は強く吸着できる一方で、タンパク質性の高分子の吸着能が低いと考えられてきた。一方で、本多孔質炭素は平均直径150nmの孔を持つことから、タンパク質を強く吸着することが期待されている。
MgOC150投与マウス、感染後14日まで延命
今回の研究では、MgOC150がベロ毒素と3型分泌タンパク質を強く吸着することを発見。さらに、O157の培養液にMgOC150を添加すると、ベロ毒素と3型分泌タンパク質が吸着され、無毒化した。
上記とあわせて、マウスの生体内でもMgOC150の効果について評価・検証を実施。マウスに対する病原菌として、代替モデルのシトロバクター菌(学名:Citrobacter rodentium)を用いた。このシトロバクター菌をマウスに経口感染させたところ、感染後4日目以降に下痢に伴う体重減少が見られ、9日目までに全頭のマウスが死亡。一方で、MgOC150を経口投与したマウスでは、感染後9日目までは体重減少が観察されず、感染後14日まで延命させることができたという。
善玉菌の生育にも悪影響及ぼさず
次に、シトロバクター菌を感染させていないマウスにMgOC150を経口投与し、3週間経過観察を行ったところ、一過的な体重減少や生育遅延、消化管の損傷などといった異常は観察されなかった。また、ヒトの大腸上皮細胞や乳酸菌や腸球菌といった善玉菌の生育にも悪影響を及ぼさなかったという。
以上の結果から、MgOC150は、腸管出血性大腸菌感染症に対する重症化予防、治療効果を持つことが示唆された。
薬剤耐性菌感染症への新規治療オプションとして適用の可能性も
今回の研究で用いたMgOC150は、腸管出血性大腸菌O157が産生するベロ毒素と3型分泌タンパク質を吸着除去できることが示された。従って、本物質は腸管出血性大腸菌感染症に対する予防、治療効果を有することが示唆される。同研究を足がかりとして、腸管出血性大腸菌感染症の予防、治療法の確立につながると期待される。
また、MgOC150を含む多孔質炭素は、これまでに酵素触媒の固定化や電極といった主に工業用としての用途で使用されてきた。一方で、多孔質炭素の医療目的での使用は一部に限られ、感染症への適用例はない。MgOC150は、O157以外にも様々な細菌が産生する病原性タンパク質を吸着できる可能性がある。例えば、赤痢菌やコレラ菌などが産生する毒素は、ベロ毒素と類似した構造を有するため、MgOC150はこれらの毒素も吸着できることが期待される。
近年、さまざまな既存の抗菌薬に対して耐性を持つ薬剤耐性菌の蔓延が社会的に大きな問題となっている。MgOC150が、薬剤耐性菌が産生する病原性タンパク質を吸着し、無毒化することができれば、薬剤耐性菌感染症に対する新たな治療オプションとして適用できる可能性がある、と研究グループは述べている。
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・群馬大学 プレスリリース