ウイルス発見から40年以上プロウイルスのエンハンサーは知られていなかった
熊本大学は5月6日、DNAプローブと次世代シークエンサーを用いた高感度ウイルス配列解析手法を用いて、これまでに未特定であったHTLV-1の慢性持続感染に関与するウイルスゲノム領域(エンハンサー領域)を発見したと発表した。この研究は、同大ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本キャンパスの佐藤賢文教授、松尾美沙希特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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HTLV-1はヒトに病原性を示すレトロウイルスであり、ヒトの免疫システムで中心的な働きをするCD4+T細胞を主な感染標的細胞とする。このウイルスは宿主細胞内に侵入したのち、細胞のDNAゲノムにウイルスDNAを挿入しプロウイルスとして維持される。そのため、ひとたび感染が成立すると慢性持続感染状態となるが、感染者の大部分は関連疾患を発症することなく、その生涯を無症候性感染者として過ごす。その一方で2~5%の感染者は約60年という非常に長い潜伏期間を経て、成人T細胞白血病(ATL)を発症する。ATLは極めて予後不良な白血病であることが知られている。
ATL細胞の宿主ゲノムDNAにはプロウイルスDNAが存在する。HTLV-1に感染していなければCD4+T細胞のがんは極めてまれなため、プロウイルスの存在が細胞のがん化を誘導すると考えられている。そのため、組み込まれたプロウイルスについて多くの研究が進められてきたが、ウイルス発見から40年以上、今回特定されたウイルスエンハンサーの存在は知られていなかった。
感染者検体を最先端技術で解析し、新規ウイルスエンハンサー領域を特定
研究グループは、九州の医療機関と連携し、実際の感染者検体を用いて、高感度ウイルス配列解析手法を用いたMNase-seq(オープンクロマチン領域を検出する方法)を実施することで、HTLV-1プロウイルス内の転写制御領域について網羅的に調べた。その結果、ウイルスゲノム内にこれまで未特定であった転写制御領域(エンハンサー領域)を新たに特定した。加えてウイルスがどのような仕組みでエンハンサー活性を獲得するかについて調べた結果、SRFとELK-1という2つの宿主細胞因子の関与が明らかとなった。
また、ATL細胞ゲノムに組み込まれたHTLV-1プロウイルス周辺で、宿主細胞の遺伝子発現が活性化されることが知られており、このウイルスによる白血病発症の一因となることが報告されている。今回特定されたHTLV-1ウイルスエンハンサーはウイルス遺伝子の発現維持に貢献するだけでなく、組み込み部位周辺の細胞側遺伝子発現にも働きかけ、ATL細胞における宿主遺伝子転写異常の一因となることが示唆された。
HTLV-1感染の持続性や病原性を理解する上で重要な知見
今回の研究成果は、次世代シークエンサーやシングルセル解析などの先端的研究手法で実際の患者検体を高精度に解析することで、従来の手法では見つけることができなかった、HTLV-1プロウイルス内新規エンハンサー領域の存在を明らかにしたもの。研究グループは今回の研究成果について、「HTLV-1感染の持続性や病原性の仕組みの一端を明らかにし、難治性慢性ウイルス感染症であるHTLV-1感染症の問題克服へ向け、一歩前進する重要な知見と考えられる」と、述べている。
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