インスリン産生・膵β細胞を補充する糖尿病再生医療実現に向けて
順天堂大学は4月6日、インスリン産生細胞である膵β細胞のうち、内分泌前駆細胞から分化したばかりの新生β細胞を時間軸に沿って詳細に解析できるマウスモデルを確立し、新生β細胞の発生場所や遺伝学的な特徴を高解像度で解析することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科代謝内分泌内科学の宮塚健客員教授(現:北里大学医学部内分泌代謝内科学教授)、綿田裕孝教授、大阪大学大学院医学系研究科糖尿病病態医療学寄附講座の佐々木周伍特任研究員、同内分泌・代謝内科学の下村伊一郎教授、ブリティッシュコロンビア大学のFrancis Lynn准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Diabetologia」に掲載されている。
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糖尿病は膵β細胞から分泌されるインスリンの相対的・絶対的不足により発症する。そのため、糖尿病の根治を実現するためには失われたインスリン分泌を補う必要があり、インスリンを産生する膵β細胞を補充する糖尿病再生医療が注目されている。この実現に向けた一つの手がかりは、「膵β細胞がいつ・どこで・どのようにして生まれるのか?」を明らかにすることにある。膵β細胞は胎生期膵臓内にある膵管領域に存在する内分泌前駆細胞に由来することが知られているが、正確にどこから生まれ、どのような遺伝子がβ細胞新生を規定しているのか不明だ。
新生β細胞を高時間分解能で標識できるマウスを作製
今回の研究では、生まれたばかりのβ細胞を高時間分解能で標識できるマウスを作製し、その位置情報を解析。シングルセルRNAシークエンシング(scRNA-seq)を用いて新生β細胞の特徴を高解像度で解明することを目的とした。また、ヒトのβ細胞新生過程に特徴的な遺伝子情報を明らかにすることを目的に、ヒトES細胞由来β細胞とマウス新生β細胞との類似性・相違性を解析した。
新生β細胞には膵管近傍で生まれるものと血管近傍で生まれる2つが存在
まず、β細胞新生の位置情報を高解像度で解析するために、新生β細胞を蛍光タンパク質で識別する「Ins1-GFP;Timerマウス」を確立。このマウスの胎生期膵組織を顕微鏡で観察したところ、以前から予想されていた膵管近傍で生まれる新生β細胞(βduct)の存在を確認し、加えて、血管近傍で生まれる新生β細胞(βvessel)を同定した。膵β細胞の新生経路が2つ存在すること(空間的不均質性)を世界で初めて明らかにしたとしている。
マウスとヒトで共通する新規のβ細胞新生経路が存在
次に、新生β細胞のmRNA情報を明らかにするため、新生β細胞のscRNA-seqを実施。scRNA-seqの無作為的な解析によって、新生β細胞は5つの異なる細胞集団で形成されることが判明した。scRNA-seqおよび組織学的検討により、βduct細胞にはグルカゴン陽性・MafB陽性というより未熟な特徴を持つ細胞が多く、βvessel細胞はMafA陽性細胞が多く含まれることが明らかになった。擬時系列解析によって、β細胞はNeurog3陽性新生β細胞からソマトスタチン陽性細胞を経由して分化することを見出した。
続いて、マウスとヒトの新生β細胞の特徴を比較するため、ヒトES細胞からin vitroで分化誘導した膵β様細胞(ヒト新生β細胞分画を含む)のscRNA-seq解析を実施。その結果、ヒトES細胞由来のインスリン産生細胞においても、ソマトスタチンが高発現していることが判明。マウスとヒトで共通する新規のβ細胞新生経路の存在が明らかとなった。
このように、β細胞の新生過程を高時間分解能で解析するマウスモデルを確立したことにより、β細胞の生まれる場所(微小環境)や遺伝子発現プロファイルの特徴を解明することに成功した。
より効率的かつ安全な膵β細胞作製法への応用に期待
近年、ES細胞やiPS細胞からインスリン産生細胞を作製できるようになったが、ヒトの体に内在する膵β細胞と比較して、質的にも量的にも不十分であることが大きな課題となっている。今回の研究成果は、これまで区別不可能であった新生β細胞と成熟β細胞を区別しながら解析することに成功しただけでなく、新生β細胞の特長を1細胞レベルで解明し、さらにβ細胞を取り巻くニッチ(発生に必要な微小環境)の特徴を明らかにしたことにあるという。この知見を応用することにより、より効率的かつ安全な膵β細胞作製法への応用が期待される。
研究グループは、現在、糖尿病根治に向けた新たなβ細胞誘導法の開発に取り組んでいるとしている。
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