医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > プロスポーツ選手・スタッフの「新型コロナ検査」戦略を数理モデルで検討-産総研ほか

プロスポーツ選手・スタッフの「新型コロナ検査」戦略を数理モデルで検討-産総研ほか

読了時間:約 6分28秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2022年04月06日 PM12:00

新型コロナ感染者の早期発見・集団感染の発生防止に向け、より良い検査体制が求められていた

)は4月4日、プロスポーツの選手・スタッフに対する新型コロナウイルス感染症の効果的な検査のあり方を分析した結果を発表した。この研究は、同研究所安全科学研究部門リスク評価戦略グループ 加茂将史主任研究員、内藤 航研究グループ長、地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ 保高徹生研究グループ長らの研究グループが、 村上道夫特任教授(常勤)、公益社団法人日本プロサッカーリーグ()と連携して行ったもの。なお、同結果は、2022年4月4日NPB・「新型コロナウイルス対策連絡会議」で、選手やスタッフの検査体制の検討に資する科学的情報として報告された。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

新型コロナウイルス感染が続く中、産総研は、政府やJリーグらと連携して、スタジアムなどでの観戦における新型コロナウイルス感染予防のための調査を継続して実施してきた。円滑にプロスポーツを進めていくためには、観客の感染予防だけでなく、選手・スタッフの感染リスク低減、集団感染の発生防止が重要だ。例えば、Jリーグでは、2021シーズンは2週間に1度の頻度で選手・スタッフの定期PCR検査を実施しており、選手・スタッフの感染の早期発見、集団感染の発生防止に努めてきた。一方、PCR検査は結果が判明するまで一定の時間が必要であること、また、2週間に1度の公式検査よりも有症状者に対する自主検査などで発覚するケースが多いことから、さらなる感染者の早期発見および集団感染の発生防止に向けて、より良い検査体制が求められている。

一般に、PCR検査の感度(陽性的中率)は抗原定性検査よりも高いが検査費用が高いため検査頻度を上げることが難しく、検査結果が得られるまでに数時間〜数日かかる。一方、抗原定性検査は、結果を15分程度で得られ、かつ安価であるため多数回検査をより容易に行えるが感度が低い。このような特徴から、高感度な検査を限られた回数行うこと、低感度の検査を高頻度で行うこと、どちらが感染者の数を抑えられるのか、収束までの日数を短くできるのか、という疑問が生じる。

このような背景のもと、産総研は2021年10月から大阪大学の村上道夫特任教授やJリーグと連携し、数理モデルを用いた検査戦略の研究を行った。その結果、選手・スタッフの検査については、2週間に1度のPCR検査と比較して、オミクロン株出現前の従来株に対しては、週2回の抗原定性検査の方が感染者数や集団感染の発生防止の観点から有効であることを示し、NPB・Jリーグの「新型コロナウイルス対策連絡会議」で報告した。これらの結果を受け、Jリーグは2022シーズンより2週間に1度のPCR検査から週2回の抗原定性検査に変更した。

一方、2022年1月よりオミクロン株(以下、Ο株)が主流になり感染から発症までの期間が短くなったことや、2022年1月からのJリーグの選手・スタッフの感染者数の急増(3か月で300人を超える感染者が発生)を受け、Ο株に対する週2回の抗原定性検査の有効性の確認、および、チーム内で1人感染者が確認された場合どのような検査体制が「収束までの日数の短縮」や「集団感染の発生防止」に有効であるかの確認が急務となった。今回の研究では、さまざまな検査シナリオのもとで感染症動態を調べ、各シナリオでの感染リスクを評価した。

50人の集団を対象に、感染症動態や感染対策の効果・費用を感染症数理モデルで評価

研究では、Jリーグのクラブを想定し、50人からなる集団を評価対象とした。この集団に1人の感染者が生じた後、集団内での感染症動態を調べ、抗原定性検査やPCR検査などの感染症対策の効果および費用を評価した。

今回用いたSEIRモデル(感染症数理モデル)は感染症動態の標準的なモデルで、未感染の状態にある感受性者(S)、潜伏期にある感染者(E)、感染者(I)、回復者(R)の数を求めることができる。未感染者(感受性者)は、感染者と接触すると、ある確率で感染が起きる。感染した者は、潜伏期を経て未感染者への感染能を持つ感染者になる。感染能を持つ感染個体の状態はさらに変化し、感染能を持つが症状を有することは無い状態(P)を経て、症状を有する状態(Is)と無症状の状態(Ia)に分かれるとした。また、検査を実施して陽性になった場合、隔離されるとした。同研究ではこのモデルに基づき、感染の状態が確率的に推移するエージェントベースモデルのシミュレーションで、複数の検査体制を設定し、最初に集団に感染者が生じてから4週間の間で新たに生じる感染者数を調べた。シミュレーションはモンテカルロ法を用いて、1万回の繰り返し計算を実施した。

使用したパラメーターは、従来株で潜伏期かつ感染能がない時期の日数を3日とし、Ο株の評価では1日とした。また、O株は、従来株に対して基本再生産数(R0)が大きいと考えられていることから、R0は2.5と5.0の2通りで計算した。PCR検査感度(新型コロナウイルスに感染している場合に、PCR検査で感染していると判断される割合)は、発症2日前(潜伏期感染者P1)で0.33、発症1日前(潜伏期感染者P2)で0.62、発症期(I)で0.8とし、特異度は0.999とした。また、抗原定性検査の感度は、対PCR検査比で0.35、0.5、0.7を設定した。PCR検査および抗原定性検査の感度は、従来株、Ο株でも変わらないものとした。なお、抗原定性検査のPCR検査に対する相対感度は、2022年1〜3月までのJリーグでの事例によると、発症の2日前から2日後の範囲で大きく変わらず平均で0.63であるため、相対感度は0.5〜0.7が実態に近いと考えられた。

検査は、「A.定期検査」「B.毎日の症状確認で有症状の場合に実施する検査」「C.陽性者が確認された場合の追加検査」の3種類を考慮した。「A.定期検査」は(1)2週間に1度のPCR検査(以下、隔週PCR検査)、(2)週に1度のPCR検査(以下、毎週PCR検査)、(3)週2回の抗原定性検査の3つを比較した。定期検査におけるPCR検査の結果が出るまでの期間は、従来株の計算では3日、Ο株では1日と3日の2パターンを設定した。「B.毎日の症状確認に基づく検査」は、毎日の症状確認で有症状になった場合は、PCR検査を実施することとした。「C.陽性者が確認された場合の追加検査」は、抗原定性検査(結果はすぐに出る)、(結果は翌日、結果を待っている間も活動継続)、(結果は3時間程度で分かり、その間は活動停止)の3種類を想定し、検査頻度は毎日、2日に1回、3日に1回の合計9ケースを計算した。検査の結果、陽性が確認された者は直ちに集団から隔離されるとした。また、検査費用については、結果が出るまでの時間、方法や実施機関、数量により大きく異なるが、同試算は、1万円、抗原定性検査1,000円として計算した。

隔週PCRと比較して、抗原定性検査週2回の方が感染者数削減に有効

従来株、Ο株のいずれにおいても、PCR隔週と比較して、抗原定性検査の感度によらず、抗原定性検査週2回の方が感染者数が少ないことが確認された。また、PCR毎週と比較した場合でも、PCRの結果が得られるまでに3日かかる場合は、抗原定性検査の感度によらず、抗原定性検査週2回の方が感染者数が低く、PCRの結果が1日かかる場合は、抗原定性検査の感度が0.5以上の場合で、抗原定性検査週2回の方が感染者数が低くなった。

これらの結果より、従来株、Ο株の両条件に対して、選手スタッフの検査戦略として、隔週PCRと比較して、抗原定性検査週2回の方が感染者数の削減に有効であることが判明した。

チーム内で感染者が出た場合、毎日のPCR検査と同等に毎日の抗原定性検査も有効

陽性者が出た場合の追加検査による感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率(5人以上の感染者が出る確率)、PCR検査、抗原定性検査の回数および仮定条件での検査費用についても調べた。最も効果的な対応は、「毎日PCR検査を実施し、結果はすぐ(3時間、その間は活動停止)」だった。この対応では、感染者数は0.5人(R0=2.5)と1.9人(R0=5.0)と少なく抑えられ、集団収束が0.7日(R0=2.5)と2.0日(R0=5.0)で最短となり、集団感染の発生確率は1%(R0=2.5)と9%(R0=5.0)と低くなっていた。

この次に効果的だったのは、「2日に1回のPCR検査を実施し、結果はすぐ(3時間、その間は活動停止)」「毎日抗原定性検査(結果はすぐ)」「毎日PCR検査(結果は翌日)」であり、感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率ともに、最も効果的な対応と比較して2〜3倍程度であり、検査なしや他の方法と比較して、感染抑制の視点から効果的だった。

今後は、実際のプロスポーツチームでの選手・スタッフの感染データと比較を進める

2022年1月1日〜3月17日の期間(オミクロン株流行期)において、選手・スタッフの感染者は全58チーム中55チームで確認されており、1チームあたりの平均的な感染者数は約6.6人だった。Jリーグは定期検査として週2回の抗原定性検査を実施しており、陽性者確認後は多くのクラブで毎日の抗原定性検査やPCR検査を実施しているという。シミュレーションの結果(5.9、6.4人)と実際の感染者数(6.6人)を比較すると、両者は同程度であることから、この期間におけるR0は5.0に近いと推察された。R0=5.0の場合、追加検査を実施せず、週2回の抗原検査の定期検査のみのケースでは、17~19人近い感染者数になることから、クラブが実施している追加検査により感染者数は抑えられていると推察された。さらに、R0=2.5と5.0の比較から、選手・スタッフの活動中において新たな感染者の増加を抑制する(R0を低減する)ための感染予防の取り組みが重要なことが改めて確認された。

試算した検査費用を確認すると、抗原定性検査を用いる方が安価となった。抗原定性検査を用いる場合、毎日、2日に1回、3日に1回でも検査数・検査費用はほぼ同じだが、効果(感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率)は「毎日実施する方が高い」ことが確認された。

今回の研究成果により、選手・スタッフにおける感染拡大を抑制するためには、適切な検査戦略や選手・スタッフの活動中のR0を低減するための感染予防の取り組みが重要なことが改めて確認された。「今後は、モデルの一般化および公開されている実際のプロスポーツチームでの選手・スタッフの感染データとの比較を進める」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大
  • 糖尿病管理に有効な「唾液グリコアルブミン検査法」を確立-東大病院ほか
  • 3年後の牛乳アレルギー耐性獲得率を予測するモデルを開発-成育医療センター
  • 小児急性リンパ性白血病の標準治療確立、臨床試験で最高水準の生存率-東大ほか
  • HPSの人はストレスを感じやすいが、周囲と「協調」して仕事ができると判明-阪大