サルのメタ認知能力を測定する認知行動課題を開発、神経回路におけるメタ認知の統合過程を検証
理化学研究所(理研)は3月30日、脳の前頭葉の別々の部位で評価される、記憶のなじみ深さに対する自信と新しさに対する自信の情報が後部頭頂葉において融合し、統合された内省意識を生み出すことを発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センター思考・実行機能研究チームの宮本健太郎チームリーダー、脳機能動態学連携研究チームの節家理恵子研究員、高次認知機能動態研究チームの宮下保司チームリーダー(脳神経科学研究センターセンター長、研究当時)の研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
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自分自身の思考や知覚などを認知し、主観的に評価する能力を「メタ認知」という。その中でも、特に自信に基づいた内省はヒトの理性や想像力の基本となる能力だ。例えば、文字のかすれた自分の日記を解読するときには、目の前の日記に書かれた文字から読み取れる不確かな情報と、過去に日記を書いたときの不確かな記憶の情報への自信をそれぞれ適切に評価し、組み合わせる必要がある。このような内省におけるメタ認知の統合的な過程はとりわけ重要だ。
近年の脳機能イメージング技術の進歩により、知覚への自信判断、記憶への自信判断など、メタ認知的判断の対象となる認知機能によって神経中枢が異なることがわかってきた。一方、脳において分散して処理された自信に関わる情報が脳内で統合されるのか、もし統合されるのであれば、それがヒトの少ない経験や情報をもとに学習・推論を行う能力とどのように関わるのかは不明だった。
デジタルトランスフォーメーション(DX)化の進む現代社会において、効率の良い人工知能・機械学習アルゴリズムの構築は急務であり、そのためにヒトのメタ認知と内省の脳神経メカニズムの解明が待たれていた。また、このメカニズムが解明されれば、内省に起因する精神疾患に対して新たな治療法を確立できる可能性がある。しかし、ヒトを対象とした研究のみでは適用可能な実験手法が限られ、検証が困難だという課題があった。そこで研究グループは今回、ヒトと近縁で高い知能を持つマカクサルのメタ認知能力を測定する認知行動課題を開発し、機能的MRI法による全脳機能イメージングと神経活動の薬理学的不活性化実験を組み合わせて、神経回路におけるメタ認知の統合過程の検証を試みた。
サルがメタ認知能力に基づいて適応的な意思決定を行う能力を持つことを確認
研究グループは、マカクサルがメタ認知に基づく行動を示すか否かを調べるために、記憶課題を課した後、記憶課題への自らの回答に対する確信度の判断を要求した。メタ認知に従う確信度の評定には、ギャンブル課題(意思決定後賭けパラダイム:post-decision wagering)を用いた。具体的にはまず、サルは提示される図形がなじみ深いか新しいかを回答し(記憶課題フェーズ)、その後、その回答に対する確信度を判定(確信度判断フェーズ)。確信度判断フェーズでハイリスクハイリターン選択肢(高リスク選択肢)を選ぶと、記憶課題フェーズに正解だった場合に多量の報酬がもらえるが、不正解だった場合には報酬は全くもらえない。一方で、ローリスクローリターン選択肢(低リスク選択肢)を選ぶと、正解あるいは不正解にかかわらず、少量の報酬がもらえるように設定した。
実験の結果、正解のときのほうが不正解のときよりも多く高リスク選択肢を選んだことから、サルは記憶に対する自信、つまり、メタ認知能力に基づいて、適応的な意思決定を行う能力を持つことが確かめられた。
サルでも複数の自信が統合されると、確信度判断を行うための統一的な内省意識が生じる可能性
研究グループは過去の研究で、記憶課題遂行中、サルの背側前頭葉が記憶のなじみ深さに対する自信の読み出しに、前頭極が新しさに対する自信の読み出しに欠かせない働きを果たすことを発見していた。そこで、サルの背側前頭葉と前頭極それぞれにGABA-A受容体アゴニスト(ムシモール)を微量注入し、その神経活動を一時的に不活性化した。すると、それぞれ、記憶のなじみ深さと新しさの正しい確信度判断に対して特異的に障害をもたらしたものの、確信度判断フェーズの応答時間が長いときほど、不活性化の影響を受けていない方の領域の働きにより、機能低下の一部が補償されて、その障害の程度が小さくなることがわかった。
これらの結果から、サルにおいても並列化して処理された複数の自信の情報が統合されることと、その統合により、確信度判断を行うための統一的な内省意識が生じる可能性が示された。
大脳皮質後部頭頂葉でなじみ深さと新しさに対する自信が統合され、内省が生じる
そこで、サルの課題遂行中の全脳活動を機能的MRI法によって測定。すると、後部頭頂葉の下頭頂小葉が、記憶課題のフェーズから確信度判断のフェーズまで一貫して、実際の記憶課題成績の正誤に応じて適切に確信度評定ができたときに活動し、メタ認知成績が良いときほど、自信の読み出しに関わる背側前頭葉や前頭極との間の機能的な結合を強めることがわかった。さらに、確信度判断中にギャンブル課題のリスク選択の決定に関わる前帯状皮質に働きかけることも示された。
以上の結果により、後部頭頂葉が、既知の経験に対するなじみ深さへの自信と未知の事象に対する新しさへの自信を融合し、統合された内省に基づいた適応的な意思決定を行うために欠かせない役割を果たすことが明らかになった。
脳のメタ認知に着想を得た人工知能・機械学習アルゴリズム構築への貢献に期待
今回の研究により、適応的な行動の生成に重要な内省が、脳内に局在するメタ認知評価のシステムからの情報の統合により実現されることが、実験的に初めて証明された。同研究成果は、従来、対症的に処置されてきた内省に関わる精神疾患に対する、器質的作用機序に基づいた生化学的治療法の開発につながると考えられる。
ヒトはコンピュータによる機械学習のアルゴリズムと比べて少ない情報を基に学習する能力に長けているが、その能力の基盤の一つは、同研究で解明された「既知の情報と未知の情報の確からしさを評価し、統合して判断する脳の仕組み」にあると考えられる。同成果は、来るべきDX化社会において重要な基幹技術となる、効率の良い人工知能・機械学習アルゴリズムの着想と実装に貢献すると期待できる。
「本研究で明らかになった後部頭頂葉における統合的な内省を担う神経中枢の存在は、近年、理論神経科学の分野で提唱されている、意識の情報統合理論のアイデアを実験的にサポートするもの。そのため、脳神経科学研究の最も重要な問いの一つである「意識」が生じる仕組みの理論的解明への貢献も期待できる」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース