さまざまな疾患へのsPLA2群の関与が注目されている
科学技術振興機構(JST)は3月16日、リンパ腫の発生や悪性化における細胞外小胞(EV)の新規作動メカニズムを発見したと発表した。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業およびAMED次世代がん事業などで、東海大学医学部の幸谷愛教授、東京大学大学院医学系研究科の村上誠教授、東海大学大学院医学研究科の工藤海大学院生、東京大学大学院医学系研究科の三木寿美特任研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Metabolism」のオンライン版に掲載されている。
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がんの発症や悪性化には、炎症の制御が深く関与している。中でも、炎症反応が長引くことで構築される腫瘍微小環境は、腫瘍形成において極めて重要な役割を担うと考えられている。東海大学の研究グループでは、これまでにEpstein-Barrウイルス(EBV)陽性B細胞性悪性リンパ腫の発症に関する研究から、ウイルス由来遺伝物質を運ぶEVがリンパ腫悪性化のカギであることを証明している。しかし、そのウイルス由来遺伝物質のみでは悪性化が誘導されないことから、EVを構成するリン脂質に着目し、その分子内には抗炎症性脂質であるドコサヘキサエン酸(DHA)などの多価不飽和脂肪酸(PUFA)が多く含まれるということを明らかにした。PUFAは機能性脂質「脂質メディエーター」の前駆体であり、通常はリン脂質に結合した状態で存在するが「分泌型ホスホリパーゼA2(sPLA2)」がこれをリン脂質から切り離すことで脂質メディエーター合成を開始させることが知られている。
一方で近年、炎症やがんにおいては脂質メディエーターの関与が大きいことが知られており、さまざまな疾患へのsPLA2群の関与が注目されている。そこで「sPLA2がEV膜上リン脂質に作用することで脂質メディエーターが生成され、腫瘍微小環境に多大な影響を及ぼしている」との仮説を立て、研究を行った。
EVを介した物質の輸送に関しては世界中で多くの研究が報告されているが、その実験系構築の難しさや脂質という領域の複雑さからEVの膜脂質に着目した研究はごくわずかだ。そのような中で、研究グループは上記の仮説をもとに、「実際に腫瘍由来EVがsPLA2の基質となり得るのか」を皮切りに、詳細な脂質解析、その生物学的意義および腫瘍形成に及ぼす影響について検討を進めた。
EVリン脂質分解産物リゾリン脂質などが細胞にシグナルを伝達
研究グループは、悪性リンパ腫組織中の腫瘍随伴マクロファージ(TAM)から分泌されるsPLA2が腫瘍細胞由来EVのリン脂質を分解することを証明した。
さらに、この分解により「細胞への取り込まれやすさ」や「免疫抑制効果」などのEV機能が飛躍的に向上し、さまざまな生命現象が誘導されることが判明。このとき、EVリン脂質の分解産物であるリゾリン脂質などが細胞にシグナルを伝達しているという、これまでのEV生物学にはない新規作動メカニズムを介することを発見した。
sPLA2-EV軸は腫瘍形成で共通の現象
そして、ヒトにおけるリンパ腫発生を再現したモデルマウスを使って、sPLA2によるEV分解が腫瘍形成において必要不可欠であることを証明。また、実際のヒト患者検体の解析からもsPLA2が腫瘍形成と悪性化に関わることを示した。
一方で、今回の研究では、リンパ腫由来EVのみならず他のがん細胞由来EVもsPLA2により分解されることを証明し、sPLA2-EV軸は腫瘍形成で共通の現象であることを明らかにした。
sPLA2-EV代謝物「SPREDs」を特許出願中、新型コロナ重症肺炎モデルで治療効果の検討も
今回の研究成果より、悪性リンパ腫の発生および悪化におけるカギ「sPLA2-EV軸」という新たな免疫チェックポイントの存在が明らかになった。このことから、今後はリンパ腫組織中のsPLA2をターゲットとしたリンパ腫治療薬の開発やバイオマーカーとしての活用などが望まれる。
また、EV膜リン脂質の分解は、他のがん由来のEVにおいても起こることが証明されたことから、sPLA2-EV軸をターゲットとした治療は全がんにおいて有効である可能性がある。一方で、sPLA2が示したEVの機能向上効果を治療目的に応用する試みも進められており、研究グループでは組織保護作用・抗炎症作用を持つヒト肝細胞由来のEVにおいてsPLA2がその組織保護・抗炎症効果を飛躍的に向上させることを確認している。
このようにsPLA2-EV軸は腫瘍形成の枠にとどまらず、sPLA2がEVの固有の能力を増強するという点でこの特殊なsPLA2-EV代謝物を「sPLA2 Reacted EV Derivatives:SPREDs」と名付け、特許出願中だ。現在は、新型コロナウイルス感染症を模した重症肺炎モデルにおける治療効果に重点を置いた検討が進められている。最終的にはSPREDsを用いた全身性に有効な抗炎症薬の開発につながることが期待される、と研究グループは述べている。
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・科学技術振興機構(JST) プレスリリース