マウスモデルは非常に限定的なため、よりヒトに近いイヌで研究
東京大学は2月7日、イヌの進行性前立腺がん症例を用いて、(1)腫瘍組織へのTreg浸潤が予後を悪化させること、(2)Tregの腫瘍内浸潤にはケモカインのひとつであるCCL17とその受容体であるCCR4が関与していること、(3)CCR4阻害剤の投与が前立腺がんに対して有効であることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院農学生命科学研究科獣医学専攻の前田真吾助教、茂木朋貴特任助教、飯尾亜樹博士課程3年、梶健二朗特任研究員、米澤智洋准教授、桃井康行教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal for ImmunoTherapy of Cancer」に掲載されている。
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前立腺がんは男性に発生する最も頻度の高い悪性腫瘍であり、全世界での新規患者数は毎年約120万人、前立腺がんによる死亡者数は毎年約36万人にものぼると推定されている。ヒトの前立腺がんは一般的に男性ホルモンを抑制するホルモン療法によく反応し、多くの患者の予後は良好だ。しかし、約10%の患者はホルモン療法が反応しない去勢抵抗性前立腺がんへと進行する。さらに腫瘍細胞が前立腺以外の臓器に広がり、リンパ節や肺、骨に転移してしまう進行性前立腺がんでは、生存期間中央値が15か月程度と予後不良であり、有効な治療法の開発が切望されている。しかし去勢抵抗性や転移能、抗腫瘍免疫を有する進行性前立腺がんのマウスモデルは非常に限られており、進行性前立腺がんの研究は他の固形がんと比べて遅れているのが現状だった。
伴侶動物であるイヌは実験動物のマウスと異なり、遺伝的・環境的・免疫学的に多様性を持っている。さらにイヌは一定の割合で前立腺がんを自然発症する唯一の動物であり、その臨床症状や進行・転移様式、ホルモン療法に反応しない去勢抵抗性などの特徴はヒトの進行性前立腺がんと類似していることが知られている。そのため、イヌの前立腺がんがヒトの進行性前立腺がんの有用な動物モデルとなるのではないかと考えられてきた。
進行性前立腺がん自然発症のイヌ、半数でTreg高浸潤および生存短縮
今回、前田助教の研究グループは、進行性前立腺がんを自然発症したイヌを用いてTregの腫瘍内浸潤メカニズムを明らかにし、その分子メカニズムに基づいた治療法の有効性を評価した。
はじめに、イヌの進行性前立腺がんの腫瘍組織を調べたところ、約半数の症例でTregが顕著に認められた。一方、正常な前立腺組織ではTregはほとんど認められなかった。前立腺がんのイヌをTreg高浸潤群と低浸潤群に分類し、各群の予後を比較したところ、Treg高浸潤群の方が低浸潤群よりも生存期間が短いことがわかった。
CCL17とその受容体CCR4が高発現、CCR4阻害剤で標準治療の3倍生存延長
次に、Treg浸潤メカニズムを調べるために、次世代シーケンサーを用いて正常前立腺と進行性前立腺がんの遺伝子発現を網羅的に解析した。その結果、前立腺がんではケモカインであるCCL17の発現が正常組織の約700倍に増加していた。
さらに、前立腺がん組織に存在するTregが、CCL17の受容体であるCCR4を高発現していることを確認した。そこで、進行性前立腺がんのイヌを2つのグループに分け、1つには標準治療として用いられる薬剤を単独で投与し、もう1つのグループには標準治療薬に加えてCCR4阻害剤を投与する獣医師主導臨床試験を実施した。その結果、CCR4阻害剤を投与した症例では血液中および腫瘍組織中のTregが減少し、腫瘤体積の縮小や腫瘤内部の融解が認められた。CCR4阻害剤を投与した群と標準治療を実施したコントロール群で生存期間を比較したところ、コントロール群と比べてCCR4阻害剤投与群では生存期間が約3倍に延長した。
ヒト前立腺がんの一部の患者で同様の病態を確認
続いて、イヌとヒトの前立腺がんの遺伝子発現パターンを解析したところ、ヒト前立腺がんの一部の患者ではイヌに類似した遺伝子発現パターンを有していることがわかった。ヒトの前立腺がん患者の腫瘍組織においてもイヌと同様に多数のTregが観察され、腫瘍組織内に浸潤しているTregはCCR4を高発現していた。さらにヒトの前立腺がんにおいて、CCL17を高発現している患者ではそうでない患者と比べて生存期間が短いことがわかった。
以上の結果より、ヒト前立腺がんの一部の患者ではイヌと共通のメカニズムでTregの腫瘍内浸潤が引き起こされていることが示された。「今後、ヒトの進行性前立腺がんに対するCCR4阻害剤の臨床試験を実施することで、新たな免疫療法の誕生につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果