音楽に関係する脳機能、楽器演奏の習得経験でどのように異なる?
東京大学は12月23日、聴覚野や言語野は音楽経験によらずに音楽判断に選択的な活動を示すのに対して、楽器演奏の習得によって右脳の運動前野外側部や感覚運動野が有効に活用されるということを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授、公益社団法人才能教育研究会(会長:早野龍五)の研究グループによるもの。研究成果は、「Cerebral Cortex」に掲載されている。
画像はリリースより
音楽は、言語と同様に人間に固有の能力だが、脳における音楽の神経基盤は明らかでなかった。例えば、「音の三要素」は音の高さ(周波数)・強さ(音圧)・音色(周波数成分)であり、「音楽の三要素」はメロディ(旋律)・リズム(律動)・ハーモニー(和声)だと言われるが、それらが脳のどのような情報処理に対応しており、脳のどの部位によって担われているかについては定説がない。また、そうした音楽に関係する脳機能が、楽器演奏の習得経験によってどのように異なるかも不明だ。
12~17歳の中高生98人対象、楽器演奏の習得経験が異なる3群に分けて調査
今回の調査では、12~17歳の中高生98人(大半が15歳)を対象に、才能教育研究会のスズキ・メソード課程でヴァイオリン前期中等科以降の生徒33人(Suzuki群、以下S群)、東京大学教育学部附属中等教育学校の生徒で8歳以前に楽器習得(35人がピアノ等の鍵盤楽器を経験)を始めた36人(Early群、以下E群)、同校の生徒で9歳以降に楽器習得を経験した者および未経験者29人(Late群、以下L群)の3群に分類。楽器習得の開始年齢は、S群とE群ともに平均4~5歳で両者に統計的な差はないが、総練習時間は各群の平均で、S群3,900時間、E群2,400時間、L群720時間という違いがあった。なお、同調査にあたって、東京大学の倫理委員会で承認の上、全参加者とその保護者から書面でインフォームド・コンセントを得ている。
調査では、特定の楽器経験によらない音楽的な判断を調べるため、音源にはフルート独奏による録音を用いた。使用楽曲はJ. S. バッハ作曲メヌエット(ト長調)、フォーレ作曲シシリエンヌ(ト短調)、フランク作曲ヴァイオリンソナタ(イ長調)の冒頭部。調査開始の1週間前から、それぞれ3回ずつCDで聞くよう指示した。各試行では曲の一節を15秒提示して、音の高さ(Pitch)・テンポの速さ(Tempo)・音の強弱(Stress)・複数の音の抑揚(Articulation)それぞれの観点で、不自然な箇所(音楽的エラー)があったかどうかを判断させ、ボタン押しで回答させた。これら4条件に加え、曲のつながり(半数が途中で別の曲に替わる)を判断する対照条件(Connection)を実施した。
S群、すべての条件で課題の正答率「高」
調査の結果、S群はこれらすべての条件で課題の正答率が高いことが示された。E群とL群の間には差がなかった。この違いは、楽器習得の開始年齢や楽器の総練習時間だけからは説明できず、スズキ・メソードの効果だと考えられるという。この課題を行っているときの脳活動を、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定した。
Pitch条件では、音楽経験によらず3群すべてに左右の「聴覚野」の活動が観察された。L群ではそれが唯一の活動だったのに対し、楽器習得を長く経験したS群とE群では、脳の両半球に共通した活動が見られた。Tempo条件では、左脳の聴覚野と右脳の感覚運動野を含め複数の領域に活動が見られ、これはS群だけに特有な脳の活性化だった。S群だけの活動領域には、記憶の想起過程で機能する「海馬」も含まれていた。Stress条件では、3群に共通して右脳の運動前野外側部や感覚運動野の活動が観察された。
Articulation条件では、3群に共通して「言語野」である左脳の運動前野外側部と下前頭回の活動が観察された一方で、右脳の運動前野外側部の活動は、S群とE群に限られていた。定量的な脳活動の解析により、音楽的エラーの種類に依存した脳活動は、音楽経験に関係して定量的に変化することがわかった。
音楽表現と言語の解釈、脳の働きに共通性あり
以上の結果から、聴覚野(Pitch条件)や言語野(Articulation条件)は音楽経験によらずに音楽判断に選択的な活動を示すのに対して、楽器演奏の習得によって右脳の運動前野外側部(Articulation条件)や感覚運動野(Tempo条件)が有効に活用されるということが判明。さらに、音楽表現(アーティキュレーション)の解釈と言語の解釈とで、脳の働きに共通性が見られることが示された。
国語・英語と音楽、同時習得の相乗効果を示すもの
音楽などの早期教育が注目を集める中、自然な母語習得を楽器演奏習得に応用した「スズキ・メソード」の重要性が、脳科学によって明らかとなった。言語の自然習得は、アメリカの言語学者ノーム・チョムスキーが提唱する「言語生得説」の基礎となる考え方であり、あらゆる自然言語の普遍性を裏付けるものだ。
日本の義務教育では音楽が必修科目となっているが、教材となる楽曲や楽器の選択は教員の裁量に任されており、言語能力との関連もほとんど考慮されていない。また、音楽における創造的な力についても、学習指導要領には「創意工夫を生かした音楽表現をするために必要な技能とは、創意工夫の過程でもった音楽表現に対する思いや意図に応じて、その思いや意図を音楽で表現する際に自ら活用できる技能のことである」という抽象的な説明に留まっている。
聴覚野や言語野は音楽経験によらずに音楽判断に選択的な活動を示す、という今回の研究成果は、国語や英語と同時に音楽を習得することの相乗効果を明確に示しており、その可能性は「言語の自然習得」という考え方と合致しており、現在の学校教育に一石を投じるものだという。
研究グループは、今後も人間の脳における言語・音楽や創造性のメカニズムの解明を追究し、才能教育研究会は音楽教育の実践的な活動を通して、世界の人たちとの豊かな交流の実現に貢献していく、と述べている。
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