S-ONFHの疾患感受性遺伝子をGWASにより探索
理化学研究所(理研)は12月1日、日本人と韓国人合わせて約13万人からなるアジア人集団の遺伝情報を用いてゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、「全身性エリテマトーデス(SLE)患者に伴うステロイド関連大腿骨頭壊死症(S-ONFH)」の発生に関わる疾患感受性領域を新たに3か所同定したと発表した。この研究は、(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの末次弘征客員研究員(九州大学医学部整形外科学教室)、寺尾知可史チームリーダー、骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、福岡大学医学部整形外科学教室の山本卓明教授らの共同研究グループを中心とする特発性大腿骨頭壊死症調査研究班によるもの。研究成果は、「Human Molecular Genetics」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
特発性大腿骨頭壊死症(Osteonecrosis of the femoral head、ONFH)は、何らかの原因により大腿骨頭に虚血性の骨梗塞が生じる疾患。日本国内で年間2,000~3,000人が発症し、好発年齢は30~50代の働き盛りであることがわかっている。発生の初期は無症状だが、進行するに従って骨頭が圧壊し、股関節に疼痛が生じる。ひとたび疼痛が始まると、根本的な治療は手術しかないことから、病態の解明および予防法や治療薬の開発が待ち望まれている。
ONFHの発症原因はわかっていないが、過去の疫学研究から、ステロイドの服用とアルコールの多飲が関連することが明らかになっている。そのうち、ステロイド服用に関連するONFHを「ステロイド関連大腿骨頭壊死症(Steroid-associated osteonecrosis of the femoral head、S-ONFH)」と言う。ステロイドと大腿骨頭壊死の因果関係はわかっていないが、ステロイドを服用している人でも大腿骨頭壊死を発生する人としない人がおり、その違いは遺伝因子によると考えられている。
これまで、S-ONFHに関する多くの遺伝子研究が行われてきたが、サンプル数の不足や、ステロイドを服用する基礎疾患の混在により、統一した見解の得られた疾患感受性遺伝子は同定されていなかった。今回、共同研究グループは全ゲノムレベルでバイアスなく疾患感受性遺伝子を同定できるゲノムワイド関連解析(GWAS)を用いて、S-ONFHの疾患感受性遺伝子の同定を試みた。
日本人SLE患者に限定することでS-ONFHの疾患感受性領域を4つ特定
S-ONFHはステロイド関連の大腿骨頭壊死症であるため、患者はステロイドを投与される何らかの基礎疾患を持っている。共同研究グループは、S-ONFHの疾患感受性遺伝子の同定を阻んでいるのは、S-ONFHに性質の異なるサブタイプが存在することが主な原因と考え、基礎疾患の定義が明確なS-ONFHに注目した。基礎疾患によってS-ONFHの原因となる遺伝子多型が異なる可能性も想定し、ステロイドを服用する基礎疾患では最も多いとされる、自己免疫疾患の一つである全身性エリテマトーデス(SLE)を対象とした。
SLEの患者でS-ONFHを発生している日本人636人に対して、バイオバンクジャパンの9万5,588人を対照群として、GWASを行った結果、ゲノムワイド有意水準(P<5×10-8)を満たす領域が16か所見つかった。
ただし、これら16領域がSLEとS-ONFHのどちらの疾患感受性領域かはわからない。そこで、過去のSLEの遺伝子研究論文を当たったところ、16領域のうち12領域は既にSLEの疾患感受性領域として報告されていたため、残りの4領域がS-ONFHの疾患感受性領域の候補と考えられた。
この4領域がSLEと関連がないことを証明するために、4領域でそれぞれ最も関連が強い一塩基多型(SNP)について、SLE患者でS-ONFHを発生していない日本人686人に対して、バイオバンクジャパンの9万5,588人を対照群としてGWASを実施。すると、4領域のSNPはSLEとは関連がないことがわかった。過去最大の東アジア人研究コホート(集団)を対象とした過去の研究においてもSLEとの関連が見られなかったことから、4領域のSNPはSLEではなくS-ONFHに関連した領域であると考えられた。
韓国人GWASと日本人とのメタ解析で再現性を確認し、3領域に絞り込み
さらに、この4領域に関して再現性を確認するために、韓国人のSLE患者でS-ONFHを発生している148人に対して、韓国人一般集団3万7,015人を対照群としたGWASを行い、さらに日本人とのメタ解析を行ったところ、3領域がゲノムワイド有意水準を満たした。以上の結果から、この3領域がS-ONFHの疾患感受性遺伝子座(MIR4293、NAALAD2、MYO16)であると考えられた。
脂質代謝や血管系の関連が示唆
次に、同定した疾患感受性遺伝子座の機能を調べた。MIR4293はマイクロRNA(miRNA)の一種。miRNAは他の遺伝子の発現を制御することで、疾患に関連していると考えられている。MIR4293が発現を制御する遺伝子を調べたところ111個の遺伝子が見つかり、そのうちの多くは脂質代謝に関連することがわかった。この結果、MIR4293は脂質代謝に関連する遺伝子群を制御することにより、S-ONFHに関連している可能性が示された。また、NAALAD2は、有意水準を満たす他のSNP(rs372605131)に、脛骨(けいこつ)動脈において発現を制御されており、血管系での遺伝子発現を介してS-ONFHの発症に関与している可能性が示された。
さらに、今回のGWASにより、S-ONFHとの関連の強さをどの程度持ったSNPが検出されるのかを検証。その結果、アレル頻度10%のSNPにおいては、オッズ比(発症リスクの大きさの指標)1.87のリスクSNPが99%の確率で検出された。アレル頻度10%以上のSNPは検出されなかったことから、ありふれたSNPにおいてはオッズ比が2を超えるようなハイリスクの疾患感受性SNPは存在しないことが強く示唆された。
3領域の詳細解析でS-ONFHの病態解明や治療薬開発に期待
今回のアプローチでは、SLE患者でS-ONFHを発生している人と発生していない人では、サンプル数の不足によりSNPの検出力が不十分であったため、対照群としてバイオバンクジャパンのサンプルを用いることで検体数を増やし、検出力を向上させた。さらに、SLE患者でS-ONFHを発生していない人のサンプルを用いてS-ONFHと相関がないことを示すことにより、検出された領域がSLEではなくS-ONFHと相関していることが証明された。
今回の研究で、疾患感受性遺伝子が3つ同定された。そのうちMIR4293は脂質代謝、NAALAD2は血管での発現を介してS-ONFHの発生に関与する可能性が示された。今後、分子生物学的にこれらの遺伝子についてS-ONFHとの関連が明らかにされれば、病態解明や治療薬の開発につながると期待できる。また、今回用いたGWASのデザインについて研究グループは、疾患内での合併症の有無を比較する関連解析において、検出力不足を解決できる非常に有用なアプローチであると考えている。
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・理化学研究所 研究成果