遺伝的に神経細胞に直接的な障害がなくても精神疾患が発症するメカニズムは?
東京都医学総合研究所は11月11日、思春期における砂糖の過剰摂取が精神疾患(同研究では統合失調症と双極性障害を指す)発症の新たな環境リスク要因となり得ることを、新たなモデルマウスを作製することで実証したと発表した。この研究は、同研究所睡眠プロジェクトの平井志伸主任研究員、岡戸晴生シニア研究員、三輪秀樹協力研究員(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神薬理研究部室長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
統合失調症や双極性障害などの精神疾患は若年発症の難治性慢性疾患で、複数の遺伝的要因と環境要因が重なり合って発症すると考えられているため、共通の発症機序の同定が難しく、予防・治療法が確立していない。特に統合失調症は、生涯を通じて病態の進行が続くケースも多く、予防法・治療法の確立が強く望まれている。
研究グループは今回、「精神疾患の患者は健常者よりも、過剰に砂糖などの糖質を摂取する」「砂糖をより過剰に摂取する統合失調症患者の予後が悪い」などの報告から精神疾患発症と糖代謝障害の関連を疑い、「思春期における砂糖の摂取過多」という栄養環境に依存した新規の精神疾患モデルマウス作出の発案に至った。
統合失調症や双極性障害などの精神疾患は「シナプス病」とも呼ばれ、脳の領域同士をつなぐ神経細胞ネットワークに異常があることが強く示唆されるため、長年シナプス関連遺伝子や、神経細胞機能にターゲットを絞った研究が主だった。同研究グループは、脳毛細血管の内皮細胞を含めたミクログリア、アストロサイトなどの非神経細胞群の障害(糖代謝異常、炎症)に起因した、脳内のエネルギー不足が神経細胞の機能を低下させるという仮説を提唱。これは、遺伝的に神経細胞に直接的な障害がなくても精神疾患が発症するメカニズムの解明の一端になると考えられる。
血中から脳実質へのグルコースの取り込み障害が、精神疾患で生じている可能性
研究では、思春期の砂糖(グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)からなる二糖)の過剰摂取は、背景に遺伝的リスクを伴うと、成長後の脳機能に影響を与えることを、マウスを用いて実証。つまり、栄養環境要因と遺伝要因が重なると、精神疾患様の症状を呈するマウスになることを明らかにした。作出したモデルマウスは、精神疾患類似の行動、神経細胞機能障害、組織学的な表現型などが認められた。行動異常に関しては、統合失調症や双極性障害の治療薬として用いられるアリピプラゾールで一部改善されたという。
一方、コントロール食として用いたデンプン含有食(グルコースのみが重合)では、野生型マウスでも、遺伝的な脆弱性を有するマウスでも顕著な異常は表出しなかったことから、砂糖や異性化糖などの糖質を構成するフルクトース、もしくはフルクトースとグルコースを同時に思春期に多量に摂取することが、脳機能不全の原因と考えられたとしている。
また、作出したモデルマウスを詳細に検証したところ、脳の毛細血管内皮細胞、ミクログリア、アストロサイトなどの非神経細胞群が異常所見を呈していた(糖代謝異常、炎症の所見)。また、モデルマウスでは血中から脳実質へのグルコース輸送が障害されていることも見出した。発症前から、抗炎症剤の一種であるアスピリンを低濃度で継続的に投与しておくと、血管障害が抑制され、グルコースの取り込み障害やいくつかの異常行動も予防された。この結果から、上記の細胞群の障害に伴う脳のエネルギー不足が、行動異常につながる神経細胞の不調を招いたと推察される。
脳の毛細血管障害と精神疾患との関連性を今後さらに検証する必要性
最後に、実際の患者においては脳の毛細血管障害の存在が報告されていなかったため、統合失調症、および双極性障害の患者死後脳を用いて検証したところ、作出したモデルマウスと同様の所見を見出した。さらに、集めた患者死後脳は必ずしも砂糖の過剰摂取の記録を有するわけではなく、さまざまなストレス環境下で疾患を発症しているため、それらのストレスが血管障害に収斂している可能性を見出した。
近年、社会敗北ストレスや、母子分離、ウイルス感染モデル動物において、脳の毛細血管障害が生じることが次々と報告されている。これらのストレスは精神疾患の環境リスク要因とも重なるため、今回見出された脳の毛細血管障害と精神疾患との関連性が今後さらに検証すべき重要な課題であることが推察され、血管障害の改善により、予防や治療が可能になることが期待される。また、既存の技術では生体において脳の毛細血管障害を検出することは不可能だが、将来それが可能となれば、早期発見や病態経過モニターが可能となり、精神疾患の克服に役立つとしている。
健康に配慮した甘味料摂取法の普及に期待
統合失調症の特効薬であるクロザピンが、ドーパミン受容体阻害効果が弱く、糖代謝、免疫系に作用を有することからも、研究グループの仮説は、臨床現場でも支持されると考えられる。今後、脳の毛細血管障害の画像解析手法の開発、治療薬の開発によって、この仮説の検証が希求される。
「本研究では砂糖に着目したが、同じ構成成分である異性化糖の過剰摂取にも注意が必要と考えられる。健康に配慮した甘味料の摂取方法が普及していくことが期待される」と、研究グループは述べている。
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