小脳皮質の領野と身体部位との対応、研究者により見解相違
理化学研究所(理研)は11月10日、小脳全体で時々刻々と変化する感覚入力をリアルタイムで表現していることをマウスにより見出したと発表した。この研究は理研光量子工学研究センター生命光学技術研究チームの道川貴章研究員(同センターアト秒科学研究チーム研究員、脳神経科学研究センター細胞機能探索技術研究チーム研究員)、宮脇敦史チームリーダー(脳神経科学研究センター細胞機能探索技術研究チームチームリーダー、日本医療研究開発機構「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」プロジェクトリーダー)らと、東京都医学総合研究所、東京農工大学の共同研究グループによるもの。研究成果は「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
脳のさまざまな領野がそれぞれ異なる機能を担うと考える「機能局在論」と、全体が協調して複数の機能を担うと考える「全体論」は、これまで神経科学研究においてさまざまな議論を呼んできた。大脳皮質では、感覚入力を受ける一次体性感覚野、および運動制御に関与する一次運動野で、それぞれ身体の各部位に対応する領域が順番に並んでいる体部位再現地図が知られており、機能局在論を基にした多くの解析が進められている。
小脳は大脳の尾側に位置し、脳全体の重さの10%強を占めている。小脳はその小さな体積に大脳よりも多くの神経細胞を含んでおり、運動や知覚にとってなくてはならない器官。身体の運動の制御に関与する小脳が機能局在論に従うのか、それとも全体論に従うのかという点も大脳と同様に議論されてきた。
細胞外記録などの電気生理学的計測により、感覚入力によって誘導されるプルキンエ細胞の複雑スパイクの発火が小脳皮質上で局在して生じるという機能局在論に沿った結果が脳科学の教科書に採用され、広く受け入れられている。一方で、限局した身体部位刺激による応答が小脳皮質の広い範囲で計測されたという報告もあり、小脳皮質の領野と身体の部位との対応については研究者によって見解が分かれていた。
小脳皮質の背側全域を同時に計測可能な実験システムを開発
これまで小脳皮質と身体の部位との対応は、主に細胞外電極によって比較的少数の神経細胞の活動を計測する手法で多くの動物を調べ、全体像を推定するという方法を用いて解析されてきた。近年、蛍光カルシウムセンサータンパク質と二光子励起レーザー顕微鏡を組み合わせることで、数mm四方の脳の領野に含まれる数百個程度の小脳皮質のプルキンエ細胞の活動が計測できるようになったが、マウスの小脳は8×5mm程度の大きさであり、プルキンエ細胞の活動の全容は不明のままだった。
そこで今回の研究では、蛍光カルシウムセンサータンパク質yellow cameleonを全ての小脳プルキンエ細胞に発現する遺伝子組換えマウスと、独自に開発した超広視野マクロ顕微鏡システムおよび画像解析技術を組み合わせることで、小脳皮質の背側全域を同時に計測可能な実験システムの構築を試みた。着想から20年以上の年月を経て、成功に至ったという。
小脳は、全体として時々刻々と変化する感覚入力を表現していた
このシステムを用いて、マウス小脳の背側表面から観察可能な2万個以上の全てのプルキンエ細胞の複雑スパイクの発火を同時に測定したところ、個々のプルキンエ細胞は独立に活動しているのではなく、近くのプルキンエ細胞が同期して発火していることがわかった。共同研究グループは、この同期して発火するプルキンエ細胞クラスターを「セグメント」と名付け、感覚情報表現における役割を解析した。
身体部位と小脳皮質の関係を調べるために、麻酔下および覚醒条件でマウスの四肢の筋肉に微弱な電気刺激を加え、小脳皮質での複雑スパイク応答を観察。その結果、従来の機能局在仮説とは異なり、観察した小脳皮質のほぼ全域で応答が見られることがわかった。この結果は、小脳には前肢や後肢に個別に対応した領野があるのではなく、これまで考えられてきたようなホムンクルスが小脳に存在しないことを示しているという。
小脳皮質で観察された複雑スパイクの応答から、どの筋肉が刺激されたかを読み取れるかどうか、つまり、神経細胞応答の暗号解読が可能であるかどうかを、ベイズ推定を用いて試みた。その結果、複数のセグメントの応答から、各試行において電気刺激を与えたタイミングおよび刺激された筋肉を正確に読み取れることがわかった。この結果は、各セグメントが感覚事象の条件付き確率を表し、小脳が全体として分散型の集団符号化を行うことで、時々刻々と変化する外界や身体の情報を表現していることを示す。
大きな発想の転換を促す結果、運動障害の治療法などへの応用に期待
小脳の活動を丸ごと観察することにより、小脳皮質における情報表現が明らかになった。そして、従来考えられてきた局所モジュールによる並列計算から、小脳皮質が全体として分散型集団符号化を行っているという、小脳の計算機構に関する大きな発想の転換を促す結果が得られた。
「今後、小脳の全体の働きを調べることを通じて運動制御における小脳の働きの本質的理解が深まることで、脊髄小脳失調症(SCA)や小脳梗塞など小脳疾患により生じる運動障害や知覚障害の治療やリハビリテーション、考えただけで外部機器を操作するブレイン・マシン・インターフェイスや脳型コンピューターなどの開発へ向けた応用が期待される」と、研究グループは述べている。
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・理化学研究所 プレスリリース