霊長類は、第一次視覚野を介さない無意識の視覚神経経路でどこまで行動可能なのか
京都大学は9月14日、片側の第一次視覚野(V1)を損傷したマカクサルを用いて、V1の損傷後も道具的条件付け(instrumental learning)によって自発的行動の学習が成立するかについて調べた結果を発表した。この研究は、同大高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の伊佐正副拠点長と加藤利佳子特定助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
第一次視覚野を損傷した患者の中には、障害視野に提示された視覚対象が見えないにも関わらず、その位置に、眼を向けることができる能力を保持していることが知られている。この現象は盲視として知られ、視覚意識の理解のために、研究が行われてきた。盲視は、視覚意識と乖離して、提示された視覚刺激に誘導され、その位置へ目を動かす応答。霊長類において、どこまでの行動が第一次視覚野を介さない無意識の視覚神経経路で可能なのかは明らかにされていなかった。
今回、研究グループは、報酬の獲得につながる行動の後、その有効性が視覚手がかり刺激(CS)によってフィードバックされるinstrumental learningにおいて、CSをV1損傷による障害視野に提示しても、自発的行動の学習が成立するかを調べた。
V1損傷後のV1を介さない無意識の視覚経路のみでも、自発的行動を学習可能
研究では、盲視のモデル動物として、片側のV1を損傷したマカクサルを用いた。そして、V1損傷後の自発的行動の学習能力を調べるために「隠された特定領域探索課題」(Hidden target area search task)を開発した。この課題では、サルはモニター内の隠れた特定領域(HA)を視線で探し出すことを要求される。探し出すHAの場所自体には、何の視覚的マークも付いていないが、もしサルの視線がその領域に入ると、モニターの端に視覚手がかり刺激(CS)が点灯し、視線がHAに入ったことを知らせ、サルは報酬(ジュース)を2秒後に受け取る。
このCSを、モニター右の端にするか左の端に提示するかで、V1損傷による障害視野側にも健常視野側にも提示することが可能となる。また、1つのHAの位置を十分に学習できたと判断した際は、HAの位置を変えることで新しい行動学習の記録が可能となり、繰り返し行動学習の測定ができる。
実験の結果、障害視野に提示されたCSも、CS提示直前の行動を強化する強化因子として機能し、行動学習を成立させることが明らかになった。一方で、健常視野にCSを提示した場合はサルがHAの探索をやめるのに対し、障害視野に提示した場合は探索を継続することから、障害視野に提示されたCSに対する視覚意識が低下していることが判明。これにより、V1損傷後のV1を介さない無意識の視覚経路のみでも自発的行動を学習できることが明らかになった。
ヒトの行動形成のための「脳機能解明」と「AI開発」への寄与を目指す
今回の研究成果は、無意識の視覚経路が学習神経機構にアクセス可能であることを示すだけでなく、連合学習における視覚意識の持つ役割の解明においても、重要な知見といえる。
「今後の研究で、意識下と無意識下の自発的行動における学習の神経機構を明らかにすることで、霊長類、さらにヒトの行動形成のための脳機能の解明と人工知能(AI)の開発に寄与したいと考えている」と、研究グループは述べている。