国際的には体系的なメンタルヘルスケアシステムの導入が進む一方、日本では未整備
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は8月26日、日本人ラグビー選手におけるメンタルヘルスの不調への対処行動の特徴を明らかにしたと発表した。この研究は、同センター精神保健研究所地域・司法精神医療研究部、認知行動療法センターと、日本ラグビーフットボール選手会の研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS ONE」に掲載されている。
画像はリリースより
こころの不調を経験することは、アスリートにおいても珍しくないことは数々の調査で明らかにされている。国際的には、アスリートのための体系的なメンタルヘルスケアシステムの導入が推奨され、オーストラリアなどではすでに運用が始まっている。さらに、国際オリンピック委員会は、2021年5月、IOC Mental health in elite athletes toolkitを公開し、メンタルヘルス支援策のあり方を提案している。一方、日本におけるアスリートのメンタルヘルスケアは、個人やチームレベルの実践が存在する可能性はあるものの、体系的なシステムの整備には至っていない状況だ。
メンタルヘルスケアを受けることには、一般的に抵抗があるとされるが、そのような抵抗感は、メンタルヘルスの知識を高めるようなアプローチにより改善することが知られている。研究グループは、アスリートにおいてもそのようなアプローチは有効なのかを検討するため、メンタルヘルスの知識、態度、行動について、こころの不調の程度も含めて、アスリートの現在のメンタルヘルス対処行動の特徴を分析した。
メンタルヘルスケアが必要な人ほど、相談せずに1人で抱え込んでいる可能性
2019年12月〜2020年1月、日本ラグビーフットボール選手会から各選手に、webアンケート調査が配布され、調査説明に同意した選手から回答を得た。調査項目には、メンタルヘルスの知識、こころの不調を抱えた人への態度、メンタルヘルス対処行動に関する考え、うつの程度が含まれた。
回答があった251人のうち、今回は233人の日本人選手のデータを用いて、メンタルヘルスの知識、態度、行動、抑うつ傾向の関連について分析。その結果、メンタルヘルスの知識度が高いことと、不調を抱える人への肯定的な態度との間に関連が認められた。こころの不調を抱えた人との接触経験の多さも、そのような良好な態度との関係が認められた。他方、自身のこころの不調時の相談行動に関する考えとメンタルヘルスの知識との関係は見られなかった。また、うつ状態の傾向が強いことと、他者への相談を控えようと考える傾向との間に関連が見られたという。
これらの知見から、現在の日本のラグビー選手においては、単なる知識提供のみでは、不調の際に助けを求めるような行動を促すことにはつながりにくいこと、メンタルヘルスケアが必要な人ほど、相談せずに1人で抱え込んでいる可能性があることが示唆された。
教育的介入、ケアを受けやすい環境づくりの構築へ
この結果から、アスリートのメンタルヘルスケアシステムには、こころの不調に関して、アスリート自身にも関係のあることとして認識されるような教育的介入に加え、ケアを受けやすい環境作りの構築や、相談行動によって得られるメリットを体験できるようなアプローチなどが含まれることが望ましいと考えられる。ただし、研究では知識、態度、行動、心理的な不調の関連性を検討したのみで、今回関連が見出されたもの同士の因果関係についてはさらなる検証が必要だ。
選手会との共同プロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」、メンタル関連の情報発信
今回の調査は、日本ラグビーフットボール選手会と研究者の共同プロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」から生まれた取り組みである。同プロジェクトは、日本のスポーツ界において、メンタルフィットネスへの意識を高め、アスリートへの有効なメンタルヘルス支援策の開発を目的にしている。プロジェクトのwebサイトでは、アスリートが、心の状態を認識し、受け入れ、困難への柔軟な対応力を高めるための情報を発信。つらいことを1人で耐えるという対処ではなく、解決すべき課題として信頼できる人と共有し支え合い、ともに問題を解決して前に進むというメッセージの発信を行う「場」を提供している。