緑内障の病態メカニズム解明と新規治療法開発が求められていた
慶應義塾大学は8月16日、網膜虚血再灌流マウスモデルにおいて、転写因子である低酸素誘導因子1α(HIF-1α)の発現を遺伝子改変によって抑制することで、網膜神経細胞死の抑制効果を確認、さらに、HIF-1αの転写調節を受ける数十種類の遺伝子から、BCL2 19 kDa関連タンパク3(BNIP3)が網膜神経細胞死の責任遺伝子であることを解明したと発表した。この研究は、同大医学部眼科学教室の栗原俊英専任講師、國見洋光特任助教、李德鎬氏(大学院医学研究科博士課程2年生)らの研究グループによるもの。研究成果は、「The FASEB Journal」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
眼疾患の中でも緑内障や網膜虚血では、網膜神経細胞、とりわけ網膜内層における神経細胞障害が引き起こされる。これらの疾患では、網膜神経細胞に回復困難な障害が生じるため視機能障害が残り、最悪の場合は失明に至る。現状、この網膜内層の神経細胞障害に対しては、悪化を抑制するための治療に頼らざるを得ず、その病態メカニズムの解明と新規治療法の開発が待たれている。
研究グループはかねてより、網膜虚血再灌流マウスモデルを用いて網膜内層神経障害への新規治療ターゲットを研究してきた。このモデルでは、網膜内層神経細胞が障害され細胞死が引き起こされるが、その際に網膜内でHIF-1αの発現が増加していることに着目した。そこで、既知のHIF阻害剤であるトポテカンをマウスに投与すると、同モデルにおける網膜神経細胞障害が軽減された。さらに、新規にHIF-1αを阻害する薬剤としてハロフジノンを見出し、同薬剤がトポテカンと同様に網膜内層神経細胞に対して保護作用があることを報告。これらの結果から、網膜内層神経障害にHIF-1αが関与していることが示唆された。
マウスでHIF-1α/BNIP3経路阻害による網膜神経保護作用も確認
今回研究グループは、Hif-1a遺伝子欠失マウスを用いて、網膜内層神経障害にHIF-1αが関与しているかを検討した。また、転写因子であるHIF-1αの調節を受ける多数の遺伝子の中から、網膜神経細胞死を引き起こす責任遺伝子を究明することを目的とした。
前述のように、異なる2種のHIF阻害剤が網膜神経保護作用を示すことから、遺伝子改変により網膜特異的にHif-1a遺伝子を欠失したノックアウトマウスを用いて網膜虚血再灌流を施行したところ、コントロール群に比べて有意に網膜内層神経細胞の障害が軽減していた。
HIF-1αは転写因子であるため、転写調節を受ける数十種類の遺伝子が存在し、今回の網膜障害による網膜神経細胞死がどの遺伝子によって引き起こされているかを解明する必要があった。今回のマウスモデルで障害される網膜内層の神経細胞のみをレーザーで切り出して集め、その遺伝子発現を網羅的に調べたところ、数種類の遺伝子発現が増加しており、その中から細胞死に直結するBNIP3を見出した。
ここまでの結果で、網膜内層の神経細胞死にHIF-1αおよびその下流遺伝子のBnip3が関与している可能性が高いことがわかった。同研究グループは、マウス網膜由来培養細胞を用いてHif-1aとBnip3をそれぞれノックアウトした細胞を作成。これらの細胞をコントロール細胞とともに低酸素環境に置くことで細胞死を誘導し、その細胞障害を比較した。すると、Hif-1aノックアウト細胞、Bnip3ノックアウト細胞ともに細胞死が抑制された。この結果から、細胞実験でも網膜細胞死にHIF-1αと下流遺伝子Bnip3が関与していることが示唆された。
HIF-1α/BNIP3経路が網膜内層の細胞障害に関与していることをさらに検証するため、研究グループはCRISPR/Cas9システムを用いて、マウスの網膜神経細胞におけるBnip3の発現を抑制した。同様に、網膜虚血再灌流による傷害を与えた場合、このマウスはコントロール群に比して、網膜神経障害が軽減されていた。また、マウスの視機能を測定したところ、Bnip3発現抑制群で有意に視機能が保たれていた。
これらの結果をふまえ、マウス網膜内層神経障害による神経細胞死には、HIF-1α/BNIP3経路が直接関与していることが解明された。この分子メカニズムの発見により、今まで対症療法でしか治療できなかった緑内障をはじめとする網膜内層の疾患において、より病態生理に即して障害を抑制する新規治療へつながる可能性があるとしている。
緑内障における網膜神経細胞死のメカニズムの一端を解明、新規治療法開発に期待
今回の研究により、「マウス網膜虚血再灌流モデルにおいて網膜神経細胞障害にHIF-1αが関与していること」「網膜神経細胞でHIF-1αの下流遺伝子であるBnip3の発現が増加していること」「細胞実験でHIF-1αおよびBNIP3が網膜細胞死に関与していること」「網膜内層神経細胞でBNIP3の発現を抑制すると神経保護作用を示すこと」という4つのことを見出した。
同研究成果は、日本で失明原因第1位にもかかわらず根治治療が困難である緑内障における網膜神経細胞死のメカニズムの一端を解明し、緑内障に対する新規治療法開発へつながることが期待される、と研究グループは述べている。
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