自閉スペクトラム症児が「他者視点取得」が不得手な理由は不明だった
名古屋大学は8月6日、自閉スペクトラム症児ならびに定型発達児を対象に研究を実施し、自閉スペクトラム症児は、ターゲットへ手を伸ばす動作を行う際に、他者視点の映像の影響を受けにくいことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院情報学研究科(研究当時:自治医科大学)の平井真洋准教授、立命館大学理工学部(研究当時:自治医科大学)の櫻田 武助教、筑波大学システム情報系の井澤 淳准教授、自治医科大学小児科学の池田尚広講師、門田行史准教授および山形崇倫教授、国際医療福祉リハビリテーションセンターの下泉秀夫教授からなる研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトは同じ景色を見ていても、自分が見ている景色と他人が見ている景色は異なることを容易に理解することができる。この能力は「他者視点取得能力」として知られており、社会的コミュニケーションにおいて重要な能力の一つであるとされている。
一方、社会的コミュニケーションに困難を抱えるとされる自閉スペクトラム症児は「他者視点取得」が不得手であることがこれまでの研究で報告されているものの、なぜ不得手であるかについてはいまだ結論が出ていないのが現状だ。これまでの他者視点取得に関する研究は、例えば物体と人形を提示し、人形の位置からどのように物体が見えるかを回答させる課題などが主として用いられてきた。このため、他者視点の理解が不得手であることは明らかにすることはできても、どのような方略に基づいて他者視点を計算するかについては、十分明らかにできていなかった。
そこで研究グループは、これまでの他者視点取得の研究アプローチとは逆に、他者視点映像を明示的に提示することによって、子どもの行動がどのように変容するかを解明することを目的として研究を行った。具体的には、研究に参加する子どもに「他者の見え」を回答してもらう代わりに、他者視点映像をヘッドマウントディスプレイ経由で明示的に提示することにより、他者視点映像が子どもの行動(腕のリーチング運動)にどのような影響が生じるかを検討した。
7~17歳までの自閉スペクトラム症児と定型発達児を対象にベースライン課題と視点変換課題を実施
研究には7~17歳までの自閉スペクトラム症児24人ならびに定型発達児24人、合計48人の子どもが参加した。指先に小さなセンサーを装着し、モーションキャプチャーと呼ばれる動きを正確に計測できる装置で子どもの指先の位置を計測。子どもの正面に水平に設置した大型液晶モニター上に、モーションキャプチャーで計測した指先の位置情報を青い丸として提示した。つまり、子どもの手は常にモニターの下の空間にあるため、自分自身の手を直接見ることができず、モニター上に提示される青い丸の位置を手がかりとして自分の手の位置を知ることができる状態にした。そのうえで、「ベースライン課題」と「視点変換課題」に取り組んでもらった。
ベースライン課題では、ディスプレイ上に提示されたターゲット(キャラクターなどの画像)に向けて手を伸ばす課題を行ってもらった。調査中は画面上に提示された、子どもの指先に付けたセンサーの位置を表す青い丸のみを手がかりとしてターゲットに向けて手を伸ばず(調査では試行ごと、画面上の3つの位置のうちどれか1つにターゲットが現れる)。その結果、ベースライン課題では、自閉スペクトラム症児、定型発達児ともに正確に手をターゲットに向けて伸ばすことができず、両者の間に課題成績の違いはなかったという。
自閉スペクトラム症児は、自身の身体感覚をもとにターゲットへ手を伸ばした可能性
ベースライン課題に十分慣れた後、視点変換課題を実施。子どもの右隣に置いたビデオカメラの映像をヘッドマウントディスプレイ経由で提示して、子ども自身が別の視点から自分自身を見下ろしているような状況を作った。このような状況下で、ベースラインと同じようにディスプレイ上に提示されたターゲットに向かって手を伸ばしてもらった。ベースライン課題とは異なり、子どもの指先位置は画面手前のみで表示し、リーチングしている最中には青い丸を消した。したがって、子どもは自分の手先の位置を常に想像しながらターゲットに手を伸ばす必要がある。またこの課題では、課題成績に関係なく常にリーチングが成功したフィードバックを与えた。これら2つの操作は、運動学習の効果を取り除くための操作だとしている。
視点変換課題では、子どもの右側に設置したビデオカメラの映像をヘッドマウントディスプレイに提示するようなセッティングとした。つまり、子どもの正面に提示されたターゲットは、ビデオカメラを経由すると右側に提示される。つまり、もし子どものリーチング運動が他者の視点映像に影響を受けるとすると、右側に引きずられて手を伸ばすことが考えられる。一方、他者視点映像の影響を受けにくいとすると、リーチング運動が右側へ引きずられる可能性が低いと考えられる。
結果、この視点変換課題では、定型発達児は、ヘッドマウントディスプレイに提示された他者視点の映像に引きずられて、腕を伸ばす方向がカメラ方向に引き寄せられた。一方、自閉スペクトラム症児は、定型発達児で見られたような右方向へのひきずられは少なく、視点が変換されても(他者視点映像が提示されても)正確にターゲットに手を伸ばすことができた。つまり、自閉スペクトラム症児は、定型発達児よりも自身の身体感覚の手がかりを利用してターゲットへリーチングした可能性が考えられるという。また、先に述べた運動学習の効果を取り除くための操作により、課題成績は課題前半と後半で変化せず、運動学習による影響は取り除かれていると考えられた。
自己の身体感覚への偏りが「他者視点取得の困難さ」を招いている可能性示唆
今回の研究成果により、定型発達児はリーチング運動が他者視点映像の情報に影響されやすい一方、自閉スペクトラム症児はリーチング運動が他者の視点映像に影響を受けにくく、自己身体の情報に基づきリーチング運動を行う可能性が示された。これまでにも自閉スペクトラム症児は他者視点の取得が不得手であることが報告されているが、背後のメカニズムについては十分明らかではない。同研究成果は、自閉スペクトラム症児の他者視点取得の困難さの背景に、自己の身体感覚への偏りが原因の一つとしてあるかもしれないということを示している。
「本研究成果は、自閉スペクトラム症児が感じている世界の理解、認知の特性の理解につながる可能性がある。今後はさらに研究を進め、療育などの支援につながる研究へと発展させていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・名古屋大学 プレスリリース