自家骨移植の代替法の開発が強く望まれる歯槽骨
岡山大学は7月1日、岡山大学病院で大腸菌発現系由来ヒトBMP-2遺伝子組み換えタンパク質を用いた顎骨再生療法の医師主導治験を7月から開始すると発表した。この医師主導治験は、同大学術研究院医歯薬学域(歯)インプラント再生補綴学の窪木拓男教授、分子医化学の大野充昭准教授、株式会社オステオファーマなどの共同グループが、口腔顎顔面外科学の佐々木朗教授らとともに実施する。
画像はリリースより
超高齢社会となった昨今、歯の欠損による咀嚼障害が栄養障害を引き起こし、高齢者の生命予後を悪化させることが明らかになり、歯科インプラント治療が広く普及した。一方で、多くの歯を欠損した患者ではインプラント体の土台となる歯槽骨の吸収が進んでおり、自家骨移植に代表される骨増生が必要となる。しかし自家骨移植では、採骨の際の神経血管損傷や感染などの合併症が多いという問題がある。また、現在までに承認されている骨補填材には自家骨のような生物学的な骨形成活性がほとんどなく、自家骨に並ぶ骨増生効果は得られないため、自家骨移植の代替法の開発が強く望まれている。
異所性に骨形成できるBMP-2、工業スケールでの量産は困難だった
骨形成タンパク質(BMP-2)を用いた骨再生療法は、最も再生能力の高い治療法と期待されてきた。BMP-2は骨などに含まれているタンパク質であり、骨がない他の体の部位にそのタンパク質を担体とともに移植すると異所性に骨を作ることができる。欧米ではヒトBMP-2遺伝子組み換えタンパク質(rhBMP-2)製品が、歯科インプラント体の埋め込みを前提とした歯槽骨増生術や、整形外科領域の骨手術に承認され、臨床応用されている。しかし、日本国内で承認されたrhBMP-2製品はなく、欧米の先行品は哺乳動物細胞発現系を用いて生産されているため、生産効率が低く、大変高価であるという問題があった。
BMP-2は、同じサブユニット2つが結合した2量体として受容体に結合し、効果を発現するため、この2量体が厳密に正しい立体構造を呈することが必要になる。大腸菌発現系ではrhBMP-2サブユニットを大量に生産することはできるが、この2量体の厳密な立体構造を獲得することが困難であり、これまで世界中の研究者がこの難題に取り組んできましたが、特に工業スケールでの量産が困難だった。
新技術で高品質なrhBMP-2を効率よく安価に製造することに成功
研究グループは、これまで大腸菌発現系では困難とされてきた正しい立体構造と活性を有するrhBMP-2の工業スケールでの製造プロトコール(高効率リフォールディング技術)の開発に成功。GLP対応の非臨床試験に引き続いて、GMPに対応可能な品質での製造に成功した。これにより高品質なrhBMP-2製剤を効率よく安価に製造することが可能となった。そして、生体吸収性セラミック製人工骨であるβ-リン酸三カルシウム(β-TCP)とrhBMP-2製剤の組み合わせが、rhBMP-2の再生部位における徐放性と再生の場の確保の観点から最適であり、顎顔面領域において、自家骨と同等以上に骨形成を誘導することを、ブタやイヌ等の大型動物を用いて明らかにしてきた。
歯槽骨欠損が中等度以上の患者にrhBMP-2含有人工骨を用いた顎骨増生術を実施する
今回の医師主導治験の目的は、歯科インプラント治療を希望している患者のうち、歯槽骨欠損が中等度以上の患者を対象に、開発品であるrhBMP-2含有人工骨を用いた顎骨増生術を行い、その安全性および有効性を確認すること。同治験は、日本医療研究開発機構(AMED)の「臨床研究・治験推進研究事業」の支援を受け、2023年5月の治験終了を目指して実施される。
大腸菌発現系由来rhBMP-2含有人工骨を用いた顎骨再生療法における医師主導治験の実施は、口腔領域では世界で初めての取り組みとなり、日本の医薬品開発、特に生物学的製剤の開発力を国際的に示す上でも重要な意義があるという。これまでは、患者の苦痛を伴いながら、他の口腔領域や腰部から侵襲的に自家骨を採取して移植する自家骨移植術しか選択の余地がなかった顎骨再建療法が、最新のバイオテクノロジーを応用して生み出された人工骨を用いることで、ドナーサイトの侵襲を伴わない全く新しい生物学的な骨再生療法へと生まれ変わることが期待される。具体的には、治療が難しかった中等度以上の顎骨欠損において、大きな経済的な負担を強いることなく、人工骨のみで自家骨と同等の骨再生を得ることが可能となる。
超高齢社会における硬組織関連疾患医療ニーズに広く対応できる可能性
同顎骨再生技術は、その低侵襲性や経済性から世界中の臨床家や患者の期待を集めており、日本のみならず顎骨再生療法のニーズが高いアジア諸国において大きなマーケットを創成するものと期待されている。このように経済的で確実な顎骨再生療法が可能となることにより、歯科インプラント治療をあきらめざるを得なかった多数の患者が同治療を受けることが可能となる。高い咀嚼機能回復効果が得られる歯科インプラント治療をより広く高齢者に提供できれば、世界中の多くの高齢者の栄養改善、健康寿命の延長に資することができると考えられる。
また、骨粗しょう症やがんの骨転移を抑制するために投与される骨吸収阻害剤に関連して発症する薬剤関連顎骨壊死の治療においても同人工骨の効果は期待されており、関連知的財産権の取得が進められているという。自家骨でなければ対応し難いような、歯科・口腔外科・整形外科・形成外科領域等のあらゆる部位の骨欠損の補填・再建や異所性骨形成術への適応拡大など、広い領域への応用が期待される。このような超高齢社会における硬組織関連疾患医療ニーズに広く対応できる観点から、同開発案件は、岡山大学が強く推し進めている持続可能な開発目標(SDGs)の支援に強く関連する。研究グループは、医師主導治験終了後、本人工骨の製品化に向けた準備を行っていくとしている。
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・岡山大学 プレスリリース