表皮下水疱を新生仔マウスに作製する実験を確立
北海道大学は6月7日、毛の細胞が自らの成長を犠牲にして表皮下水疱を治癒させることを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院皮膚科学教室の夏賀健准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
損傷を受けた成体組織は、発生期の遺伝子発現プログラムを再活性化させて、組織を修復することが知られている。しかし、発生期の遺伝子発現プログラムがすでに活性化されている成長段階の組織では、どのように組織損傷が修復されるか詳しくわかっていない。
皮膚は、上皮成分である表皮と間質成分である真皮によって構成され、両者は基底膜領域タンパク質によって結合している。表皮は体外の病原体や刺激から内臓を守るとともに、体内の水分蒸散を防いでおり、個体のバリアを担っている。そして表皮では、最下層の基底層から新しい細胞が作られたのちに、表皮上部へと押し上げられ(分化)、角質として剥がれ落ちる。
皮膚は、外界に接する臓器であり、成長段階での組織損傷の修復を観察するのに適している。しかし、従来用いられてきた皮膚の損傷モデルは、表皮と真皮いずれも除去される皮膚全層欠損実験であり、皮膚の全ての構成組織が欠損することから組織の成長と修復を同時に観察するのは困難だった。
今回、研究グループは、半世紀ほど前に開発されたサクションブリスター法に注目し、表皮を選択的に除去して表皮下水疱を新生仔マウスに作製する実験を確立。この方法は、表皮水疱症をはじめとする水疱性疾患のモデルとして用いることができる。
また、この方法では表皮以外の皮膚の構成組織は保たれており、表皮の修復と皮膚の発生過程を同時に観察することが可能となった。そこで研究グループは、表皮下水疱の修復過程を組織学的に評価するとともに、網羅的遺伝子発現解析、組織幹細胞の細胞系譜追跡実験、数理モデルへの実装を行った。
毛の幹細胞由来細胞が扁平化して表皮下水疱を修復
野生型マウスの表皮下水疱から再生する表皮では組織発生に重要な遺伝子群(Wntシグナル、Hegdehogシグナル等)の発現が低下。同時に、表皮下水疱が治癒する部位の毛の成長が遅延することがわかった。
これらの結果から毛の細胞が表皮下水疱を修復することが示唆されたため、さらに毛の幹細胞由来の細胞の運命を追跡。毛の幹細胞由来の細胞が表皮下水疱の修復された表皮に集積しており、逆に表皮下水疱周囲表皮の幹細胞由来の細胞はほとんど見られなかった。
また、基底膜領域タンパク質の先天的な機能不全である表皮水疱症について検討。まず、接合部型表皮水疱症は、基底膜領域タンパク質の1つである17型コラーゲンの先天的な機能不全等で発症する。17型コラーゲン欠損マウス(接合部型表皮水疱症モデル)に表皮下水疱を作ると、表皮下水疱の治りが遅くなる。これは、17型コラーゲン欠損マウスの表皮下水疱では、皮膚から毛が失われ、毛の細胞から表皮下水疱が修復されないことが原因と考えられた。
別の基底膜領域タンパク質7型コラーゲンの先天的な機能不全は、栄養障害型表皮水疱症を引き起こす。7型コラーゲン欠損マウス(栄養障害型表皮水疱症モデル)でも表皮下水疱の治りは遅くなったが、17型コラーゲン欠損マウスとは異なり、皮膚に毛は残存していた。毛の細胞が表皮下水疱を修復する際に、通常は細胞が扁平化して傷へと遊走するが、7型コラーゲン欠損マウスでは細胞が扁平化せず、これによって表皮下水疱の修復が遅いことが予想された。
最後に、数理モデルを用いて、毛の細胞が表皮下水疱の修復を主に担うこと、細胞が扁平化することで修復を助けることを証明した。
以上の結果から、表皮下水疱は毛の成長を犠牲にして治ること、毛の幹細胞由来の細胞が扁平化して表皮下水疱を修復することと結論付けたとしている。
「毛の細胞に働きかける」増毛の治療法を、水疱性疾患治療へ応用の可能性
水疱性疾患は、表皮水疱症のほかに自己免疫性疾患である類天疱瘡がある。その他、やけどや重症の薬剤アレルギーであるスティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死症でも皮膚の表皮下水疱の出現や、表皮全層の傷害が見られる。これらの疾患の発症メカニズムは多様だが、ひとたび表皮下水疱ができた後に早く修復させる治療上の必要性は共通している。
今回の研究成果によって、皮膚の表皮下水疱や表皮の傷害を早く治すためには毛の細胞に働きかけることが重要であることが判明。すなわち、毛を増やすような治療法が、水疱性疾患に応用できる可能性がある。
また、表皮水疱症の病型ごとに表皮下水疱の治り方が異なることが動物実験と数理モデルから明らかになった。表皮水疱症の治療法を開発する際に、病型ごとに戦略を変える必要性が示唆される、と研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース