組織幹細胞はどのように組織を再生するのか?
基礎生物学研究所は4月13日、マウスの精子幹細胞を用いて、移植された幹細胞が組織を再生するプロセスの詳細を明らかにし、幹細胞の運命を制御して組織再生の効率を飛躍的に向上させることに成功したと発表した。この研究は、同研究所生殖細胞研究部門の吉田松生教授、広島大学大学院統合生命科学研究科の中村隼明助教、英国ケンブリッジ大学のBenjamin D. Simons教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Stem Cell誌」電子版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトの体には、さまざまな細胞を作り出すもととなる「組織幹細胞」が存在し、その働きによって組織や臓器が維持されている。また、組織幹細胞を他の個体に移植すると組織を再生することが可能だ。血液を作る造血幹細胞や皮膚の幹細胞の移植は、治療に応用されている。
これまで、移植後の組織再生を指標として、組織幹細胞の数や能力を調べる研究が多く行われてきた。しかし、組織幹細胞がどのように振る舞うことで組織を再生するのかは、よくわかっていなかった。
最終的に再生に貢献した幹細胞は数十分の一
まず、研究グループは、精子幹細胞を緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し、生殖細胞を除去する薬剤を投与して不妊となった宿主マウスに移植。その後、移植された精子幹細胞の運命を詳細に調べた。具体的には、移植後2~180日目まで、一つひとつの幹細胞が何個の幹細胞と何個の分化細胞を生み出したかを多数計測して、数理統計モデルを用いて解析した。
その結果、移植直後には多数の幹細胞が生着するものの、その後、自己複製、分化、細胞死を確率的(ランダム)に起こすことがわかった。その結果、当初生着した幹細胞の大部分が自己複製することなく消失し、最終的に再生に貢献した幹細胞は数十分の一に過ぎなかったという。これは、従来の「精子幹細胞は数が少ないが、一つひとつが効率良く組織を再生する」という考え方とは大きく異なるとしている。
移植された幹細胞の運命を制御
これらの結果から、移植された幹細胞の運命を操作できれば、再生の効率が向上するのではないかと考えた。そこで、幹細胞を移植した宿主マウスに、精子への分化を抑制する薬剤(レチノイン酸合成阻害剤WIN18,446)を一時的に投与したところ、自己複製が促進されて再生に貢献する幹細胞の数が5~10倍増加。さらに、従来の方法では姙性を回復できない条件でWIN18,446を投与すると、自然交配によって通常と変わらない数の産仔が得られた。
次に、全身でGFPを発現するドナーマウスの精巣の細胞を不妊宿主マウスの精巣へ移植。この条件では、従来の方法では十分に精子形成が再生しないため、自然交配による姙性は回復できない(コントロール)。一方、宿主にWIN18,446を一時的に投与すると、移植60日後には精子形成を再生した領域が5~10倍増加した。移植90日後には精巣の広い範囲で活発に精子が作られ、さらに、自然交配によって健康な産仔が得られたとしている。
男性不妊治療などへの応用に期待
今回の研究では、ブラックボックスとなってきた、幹細胞が組織を再生するプロセスを、一細胞レベルで明らかになった。今後、精子幹細胞研究の基盤となるとともに、他の組織幹細胞の研究にも影響を与えると期待される。
また、精子幹細胞の移植効率を向上させる方法論を提示したことで、男性不妊治療や希少な動物の遺伝資源の保全などへの応用が期待される。特に、思春期前に発症したがん患児の妊よう性を、治療後に回復することに貢献することが期待される、と研究グループは述べている。
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・基礎生物学研究所 プレスリリース