抗糖尿病薬メトホルミンとRAS阻害剤ロサルタンに着目
熊本大学は3月30日、抗糖尿病薬メトホルミンが、非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)の病態を模擬するモデルマウスにおいて、腎機能の低下、糸球体障害、炎症・線維化などの病態を改善し、マウスの生存期間を有意に延長することを見出したと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究部(薬学系)、遺伝子機能応用学研究室の甲斐広文教授らと、米国ワシントン大学医学部セントルイス校、ジョージア州立大学生物医学研究所の研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
慢性腎臓病(CKD)は、腎臓が障害を起こすことで、タンパク尿や腎臓が炎症・線維化し、腎機能の低下が持続している病態の総称。進行すると患者は透析を余儀なくされ、著しいQOLの低下や、医療経済の圧迫につながる。
CKDの中でも、糖尿病は危険因子の一つだ。一方、高血圧、運動不足、喫煙、高尿酸血症などの生活習慣や、腎臓関連遺伝子の変異などとも関連して起こることが知られており、このようなCKDを非糖尿病型の慢性腎臓病(ND-CKD)と分類し、その治療法の開発が求められている。
アルポート症候群は、遺伝性の腎臓病で、ND-CKDの一つだ。現行の治療は、タンパク尿を抑制する目的で、血圧を低下させるとともに(糸球体過剰濾過による)タンパク尿を抑制する薬物であるロサルタンなどによる治療(対症療法)が主流であり、病気を根治する薬は存在しない。したがって、最終的に患者の大半は末期腎不全への移行を余儀なくされる。原因遺伝子が明らかとなっているにもかかわらず、病態進行過程にはいまだに不明な点が多いことが課題だった。
研究グループは、ND-CKDのモデルとして、アルポート症候群モデルマウスを選択し、病態発症機序に基づく新規治療標的の探索に取り組んだ。今回の研究では、抗糖尿病薬メトホルミンと、従来からCKD患者に用いられているrenin-angiotensin-system(RAS)阻害剤ロサルタンに着目した。
メトホルミン、ポドサイト異常に関わる遺伝子だけでなく細胞内代謝遺伝子の発現異常を改善
まず、メトホルミンまたはロサルタンをND-CKDモデルマウスに投与すると、CKDの指標であるタンパク尿や血清クレアチニンの上昇が、それぞれ有意に抑制され、さらには、腎機能を低下させることで知られる、炎症・線維化といった病態も顕著に改善された。メトホルミンは、ロサルタンと同様の腎臓保護効果を持つことがわかった。
次に、甲斐教授らは、詳細な遺伝子解析に取り組んだ。その結果、ND-CKDモデルマウスの腎臓病態は、糸球体上皮細胞ポドサイトに関連する遺伝子や、細胞内の代謝に関わる遺伝子に発現異常をきたすことがわかった。
このとき、現行の治療薬の一つロサルタンの投与によって改善されたのは、ポドサイト異常に関わる遺伝子に限局された。一方、メトホルミンは、ポドサイト異常に関わる遺伝子のみならず、細胞内の代謝に関わる遺伝子の発現異常も改善することがわかった。つまり、メトホルミンは、ロサルタンの作用点とは異なる作用標的(代謝異常の改善も標的とする)を持つことが明らかになった。
メトホルミンとロサルタン併用投与、マウスの生存期間を有意に延長
最後に、モデルマウスへのメトホルミンやロサルタンの投与は、それぞれ、モデルマウスの生存期間を有意に延長させることがわかった。
加えて、メトホルミン単独では効果を示さない用量を用いた試験において、メトホルミンとロサルタンの併用投与は、マウスの生存期間を有意に延長させることも見出したという。2種類の治療薬を適切に組み合わせることで、ND-CKD(アルポート症候群)モデルマウスの治療を効果的に行える可能性が示された。
安価なメトホルミン、医療経済的な観点からも期待
メトホルミンは、糖尿病の治療薬として頻用されているが、一時期は、乳酸アシドーシスという副作用発現の観点から、腎機能が低下したCKDの患者への投与は禁忌とされていた。しかし最近は、重度の腎機能障害患者のみが禁忌となり、軽度から中等度の腎機能障害患者には、慎重投与により投与できるようになった。
今回、既存治療薬ロサルタンとの適切な併用により、ND-CKDモデルマウスの腎病態および生存期間を有意に延長することも見出され、今後、安価なメトホルミンが、CKD患者に対する新しい薬として、医療経済的な観点からも期待されるものであることが示されたとしている。
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