D-アミノ酸が宿主の生理機能に与える影響は?
慶應義塾大学は3月4日、腸内細菌由来のD-アミノ酸の代謝が宿主の腸管免疫を制御していることを発見したと発表した。この研究は、同大医学部薬理学教室の鈴木将貴特任助教、笹部潤平専任講師、安井正人教授らの研究グループと、同内科学(消化器)教室の金井隆典教授、米ハーバード大学メディカルスクールのMatthew Waldor教授、実験動物中央研究所の伊藤守所長、九州大学大学院薬学研究院の浜瀬健司教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
アミノ酸にはL型とD型が存在する。どちらも構成は同じだが互いに鏡像の関係で、重なり合うことはない。生物が作るタンパク質は基本的にL-アミノ酸のみで作られている。哺乳類をはじめとする真核生物は、多様なL-アミノ酸を体の中で合成したり食べ物から摂取したりして利用しているが、ほとんどのD-アミノ酸を合成することはできない。一方で細菌は例外的にD-アミノ酸を合成できる生物で、それらを自らの細胞壁の合成や細菌同士のコミュニケーションの手段として利用し、進化してきた。一部の抗生物質は、細菌のD-アミノ酸を含む構造を標的にすることで殺菌作用を発揮することが知られており、まさにD-アミノ酸は細菌特有の代謝物といえる。
哺乳類の消化管には、宿主の細胞をはるかに超える数の腸内細菌が存在し、それらが作る代謝物や断片構造は、宿主の正常な生理機能に不可欠な存在であることが近年明らかになってきた。しかし、腸内細菌が合成するD-アミノ酸が宿主の生理機能に与える影響は明らかになっていなかった。
DAOは粘膜刺激性のある細菌群を調節し、Tリンパ球の過剰な刺激を抑制している可能性
研究グループは、哺乳類のD-アミノ酸酸化酵素(DAO)が多様なD-アミノ酸を認識して分解することに着目。先の研究で、DAOは腸内細菌によって小腸に発現誘導され、腸内細菌が作るD-アミノ酸量を調節していることを明らかにしていた。
DAOの活性を欠損したマウス(DAO変異マウス)は、細菌に由来するD-アミノ酸が体内で野生型の10倍量にまで蓄積する。このマウスでは、小腸の形質細胞が増え、IgAを5倍以上産生していることを発見した。一方、このマウスに抗生物質を投与して腸内細菌を減らすと、IgAの増加が認められなくなることから、DAOはD-アミノ酸調節のみならず、腸内細菌が誘導するIgAの産生にも関わっていることがわかった。
IgAを産生する形質細胞は、もともとBリンパ球が成熟してできた細胞だ。この成熟過程にはTリンパ球が関与する経路と関与しない経路があることが知られている。そこで、T細胞受容体が欠損したDAO変異マウスを実験動物中央研究所にて作成し、Tリンパ球からの刺激を人為的に消したところ、IgAの増加はほとんど認められなくなった。つまり、DAOが調節するIgA産生には、Tリンパ球の刺激が不可欠であることがわかった。さらに、DAO変異マウスでは、小腸に放出されたIgAはセグメント細菌などの粘膜接着性や運動性の高い菌(粘膜刺激菌)を多く認識していることがわかり、DAOは粘膜刺激性のある細菌群を調節することでTリンパ球の過剰な刺激を抑えていると考えられた。
D-アラニンがマクロファージを直接刺激し炎症性サイトカインの産生を増加させ、Bリンパ球数を増やす
一方で、DAO変異マウスでは、Tリンパ球が関与しない別の経路もIgA産生に関与している。粘膜刺激性の低い腸内細菌を持つDAO変異マウスでは、Tリンパ球が刺激されないためIgA産生は変化しなかった。しかし、形質細胞になる前段階のBリンパ球は、Tリンパ球刺激の有無にかかわらず増加していた。そこで、これらのマウスの小腸粘膜の上皮組織の遺伝子発現を解析したところ、炎症性サイトカイン(TNFα, IL1β, IFNγなど)を含め、免疫応答に関わる遺伝子の発現が有意に増加していることがわかった。
さらに培養したマクロファージの細胞を用いた実験で、細菌がつくるD-アラニンがマクロファージを直接刺激し、炎症性サイトカインの産生を増加させて、Bリンパ球数を増やすことを発見した。つまり、マクロファージは、D-アラニンを細菌による刺激と認識し、Bリンパ球を増やす指令を出す。そこへ粘膜刺激性の高い細菌群がTリンパ球を刺激することで、Bリンパ球が形質細胞へ分化するのが促進され、IgAが産生されると考えられる。
D-アミノ酸の調節が、細菌との共生のバランス維持に重要
DAOは「D-アミノ酸を分解すること」「粘膜刺激性の細菌を制御すること」の2つの方法でBリンパ球の過剰な反応を抑え、腸内細菌との共生のバランスを保つ働きをしている。このような共生のバランスが乱れると、免疫・アレルギー性疾患や代謝性疾患、神経疾患などさまざまな病気の悪化に影響を及ぼすことが、近年徐々に明らかになってきている。
今回の研究を通して、D-アミノ酸の調節が、細菌との共生のバランス維持に大切であることが新たに明らかになった。「今後はL-/D-アミノ酸調節を標的にして、上記のさまざまな病気の機序の解明や新しい治療法開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース