血中IL-17Aの恒常的過剰が中枢神経系に与える影響をマウスで解析
筑波大学は2月12日、血液中のインターロイキン17A(IL-17A)過剰は脳のミクログリア活性を低下させることを見出したと発表した。この研究は、同大医学医療系生命医科学域解剖学・神経科学研究室の佐々木哲也助教、武井陽介教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neuropsychopharmacology report」に掲載されている。
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精神・神経系疾患の病態生理において、免疫系が重要な役割を果たしていることを示す知見が集まっている。特にヘルパーT細胞17(Th17細胞)による免疫反応は自閉スペクトラム症(ASD)、統合失調症、うつ病などの病態に関与することが多くの臨床研究から示唆されている。これらの患者の中枢神経系では神経細胞の配列・層構造の異常、シナプスの密度・形態変化などが認められ、機能異常の基盤となっていると考えられる。しかし、体内の免疫反応がどのような過程を経て神経系に器質的変化を引き起こすのか不明な点が多く、Th17細胞の寄与については理解が進んでいない。
IL-17Aは炎症性サイトカインの一つで、標的細胞の抗菌ペプチド、サイトカイン、ケモカインの発現を誘導し、炎症応答を惹起させる。IL-17A産生細胞として同定されたCD4+ヘルパーT細胞の1つであるTh17細胞は、腸管の粘膜固有層に多く存在し、細菌や真菌の感染に対する防御反応、関節リウマチや多発性硬化症などの炎症性自己免疫疾患の病態形成に関与している。Th17細胞はIL-6とTGF-βの共刺激によってナイーブT細胞から分化誘導される。その際、転写因子であるレチノイン酸オーファン受容体因子関連核内受容体γt(retinoic acid receptor‒related orphan nuclear receptor gamma t;RORγt)の発現がTh17分化に必須だ。血中IL-17Aの慢性高値により、マウスの脳血流量が低下し、認知機能低下が観察されることが報告されている。しかし、血中IL-17Aの慢性的高値が中枢神経系の神経細胞やグリア細胞に対してどのような影響を与えるかは不明のままだ。そこで研究グループは、T細胞特異的にRORγtを過剰発現するトランスジェニック(Tg)マウスをモデルとして、IL-17Aの上昇による中枢神経系の変化と行動への影響を解析した。
歯状回ミクログリアの密度が約6割に減少、さらにサイズ縮小と突起の繊細化を確認
CD2プロモーター下でRORγtを過剰発現するTgマウス(RORγt Tgマウス)は、筑波大学医学医療系/解剖学・発生学研究室で作製された。先行研究により、ポリクローナル形質細胞増加症及び自己抗体産生の誘導が報告されている。腸管組織におけるIl17Aの発現量を定量PCRで比較したところ、RORγt Tgマウスは野生型マウスと較べて発現量が約7倍高く、さらに血清中のIL-17A濃度が3倍以上高いことが確認された。これらの結果から、RORγt TgマウスではTh17細胞への分化過剰およびIL-17Aの発現増加が起きていることが確認された。
恒常的なIL-17A産生過剰状態が中枢神経系に及ぼす影響を解析するため、成体の雄RORγt Tgマウス脳を用いて解析を試みた。通常、脳は血液脳関門というバリアで保護されており、脳内と血液中の物質交換が制限されている。血液脳関門を構成するアストロサイトは血管と神経細胞の間に位置し、中枢神経系に入る分子を監視する役割がある。当初、アストロサイトがIL-17Aの濃度変化を検知するのではないかと推測したが、RORγt Tgマウスの海馬アストロサイトの密度と形態に大きな変化は認められなかった。一方、海馬の入り口に位置し、海馬への神経信号を海馬内へ送る役割を果たす歯状回のミクログリア(マクロファージと似た機能をもつ脳内免疫細胞)の密度が野生型マウスと比較して約60%に減少しており、さらにミクログリアの細胞体サイズの縮小と突起の繊細化が認められた。これらは、ミクログリア/マクロファージのマーカー分子であるiba1(別名:Allograft Inflammatory Factor1)陽性領域が、野生型マウスと比較して約55%に低下していることにより定量的に示された。
ASD患者では血中IL-17Aが上昇、精神神経系疾患の治療開発への貢献に期待
ミクログリアはIL-17A受容体を発現しており、その活性状態は神経幹細胞に影響を与えて神経新生を減少させたり、神経回路の形成・除去に重要な役割を果たしたりする。研究グループでは、RORγt Tgマウスのミクログリアの脳内表現型に関与する免疫制御系の詳細を解明するため、遺伝子発現解析やIL17受容体の発現状態の解析を進めているという。
今回の研究で、血清中のIL-17Aの恒常的過剰により、記憶の形成に重要な海馬歯状回のミクログリアの密度が減少し、さらに活性状態が低下することがわかった。脳内の免疫系ではミクログリアが重要な役割を果たす。うつ病や統合失調症の患者では、ミクログリアの活性状態の変化による炎症機序の変調が報告されている。これらの疾患患者では、血液中や髄液中でも炎症性サイトカインが上昇している。また、ASD患者では血中IL-17A濃度が上昇しており、IL-17Aレベルと重症度が相関することが報告されている。研究グループは、「今回の研究が、ミクログリアを標的とした創薬研究や既存の自己免疫疾患治療薬であるIL-17A抗体の精神・神経系疾患予防・治療への応用の手がかりとなることを期待している」と、述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL