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妊娠期の化学物質曝露は、子世代の精子のDNAメチル化低下に影響ー環境研ほか

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2021年01月12日 PM12:15

多世代・継世代影響にDNAメチル化が関与、メカニズムを研究

国立環境研究所と国立成育医療研究センターは1月8日、妊娠期の無機ヒ素曝露が子世代の精子において、「動く遺伝子」といわれるレトロトランスポゾンの転移活性調節領域のDNAメチル化を低下させることを発見したと発表した。これは、国立環境研究所環境リスク・健康研究センターの野原恵子フェロー、鈴木武博主任研究員、岡村和幸主任研究員と、生物・生態系環境研究センターの鈴木重勝特別研究員、国立成育医療研究センター周産期病態研究部の秦健一郎部長、中林一彦室長の研究グループによるもの。研究成果は、「Epignetics&Chromatin」に掲載されている。


画像はリリースより

食物や大気から体内に取り込まれる化学物質や栄養、ストレス、感染などのさまざまな環境因子は、ヒトの健康に影響を及ぼす。特に胎児はこれらの環境因子の多くに対して感受性が高いために、妊娠期の環境因子の曝露は子に影響を及ぼしやすいと考えられている。近年、そのような子への影響が出生後すぐには顕在化せず、成人期に生活習慣病になるリスクが高まるというように後発的にあらわれることや、さらにはその後の世代、すなわち孫世代や、その子孫にも影響が現れる事象があることが、多くの研究で報告されている。

妊娠期曝露は母親と同時に胎児(子世代)が曝露を受けるだけでなく、その体内で後に孫世代となる生殖細胞も曝露を受けることから多世代曝露となる。専門用語では、孫世代に現れる影響を「多世代影響」、それ以降の子孫に現れる影響を「継世代影響」と呼ぶ。多世代影響や継世代影響を引き起こすメカニズムとして、DNAのメチル化をはじめとしたゲノムの修飾(エピゲノム)の関与が報告されている。

DNAのメチル化は、遺伝子のオン/オフを調節したり、ゲノム上に大量に存在する「動く遺伝子」のDNAをメチル化することによってその動きを抑制するなど、生命現象の維持に重要な役割を果たしている。これらのエピゲノムは環境因子曝露によって変化を受けることが知られており、環境因子による生殖細胞のエピゲノムの変化が次世代に伝わって多世代影響や継世代影響の原因となることが予想されている。しかし実際にはどのような分子がどのように影響を伝えるかなど現象の全体像が把握できておらず、将来の世代への影響評価は今後の課題となっていた。

妊娠期母マウスの無機ヒ素曝露で、その子世代のオスを介し孫世代の肝腫瘍増加

無機ヒ素は有害性をもつ地球の微量構成元素。世界各地の高濃度分布地域では、無機ヒ素に汚染された地下水の飲用等によって発がんをはじめとする疾患が発生し、深刻な環境問題となっている。環境研のグループはこれまでに、マウスの妊娠期後半に10日間無機ヒ素を含む水を自由摂取させると、その後通常の環境で飼育、交配をしても、その孫世代が成長後に肝腫瘍を高率に発症すること、さらに組み合わせ交配によって、その肝腫瘍増加はオスの子を経由して伝わっていることを発見していた。これらの結果から、子世代の精子のエピゲノム変化が孫世代に影響を伝える可能性が考えられた。

子世代の精子のレトロトランスポゾンで転移活性調節領域のDNAメチル化低下

今回の研究では、孫世代での肝腫瘍増加のメカニズムを探るため、妊娠期無機ヒ素曝露による子の精子のDNAメチル化変化の解析を行った。妊娠8日目から18日までの10日間、無機ヒ素を含む水を自由摂取させたマウス(ヒ素群)と、通常の水を自由摂取させたマウス(対照群)から生まれたオスの精子からDNAを調製し、Reduced Representation Bisulfite Sequencing(RRBS)法という次世代シークエンスを用いた方法でゲノム全体にわたってDNAメチル化度を測定し、対照群に対するヒ素群のDNAメチル化変化について各種アプリケーションを用いて解析した。その結果、マウスの妊娠後期10日間の無機ヒ素曝露が、生まれた子の精子のDNAメチル化を低下させることが明らかになった。さらに、DNAメチル化の低下は、「動く遺伝子」であるレトロトランスポゾンの、特にLTRとLINEというグループで高頻度に起こっていることがわかった。

ゲノム中にはレトロトランスポゾンが大量に分布しており、それらは配列的な特徴から大きく3つのグループLTR、LINE、SINEに分類される。その大部分は進化の過程で突然変異などによって不活性化されるが、一部は「動く」活性、すなわち転移活性を保持したものが存在する。転移活性をもつレトロトランスポゾンは自己のDNAを増幅し、ゲノム上の異なる場所に入り込むことによって他の遺伝子の働きを変化させ、その結果発がんをはじめとする疾患を起こすことがある。通常レトロトランスポゾンの転移は、転写調節領域のDNAをメチル化するという方法で抑えられている。

ヒ素群で低メチル化するレトロトランスポゾンを詳しく調べたところ、LINEとLTRの中の転移活性をもつサブグループで低メチル化するレトロトランスポゾンが多いことがわかった。また、サブグループのレトロトランスポゾンで低メチル化が起こる位置を調べたところ、転移活性の調節に関わる領域(転写調節領域)に低メチル化が集中して起こることが明らかになった。

これまでの研究で、いろいろな環境因子曝露によってレトロトランスポゾンのLINEのメチル化低下が起こるが報告をされている。しかし、研究グループが調べた範囲では、環境因子曝露によるレトロトランスポゾンの転写調節領域のDNAメチル化変化を調査した研究は今回が初めてであり、精子のレトロトランスポゾンへの影響を解析した研究も多くはないという。

無機ヒ素に限らずさまざまな環境因子の多世代・継世代影響に関与する可能性

過去の研究で、妊娠期の無機ヒ素曝露がオスの子を介して孫世代のマウスの肝腫瘍を増加させることが観察されていたが今回、その子世代の精子でレトロトランスポゾンの転写調節領域でメチル化低下が起こっていることが発見された。この結果は孫世代の肝腫瘍増加のメカニズムの手がかりとなり得る貴重な知見だ。また精子のレトロトランスポゾンのメチル化低下は、無機ヒ素に限らずさまざまな環境因子の多世代・継世代影響に関与する可能性も考えられる。しかしまだ、この精子のレトロトランスポゾンのメチル化低下が実際に孫世代にどのように影響を及ぼすか、肝腫瘍の増加にどう関与するかについては明らかになっておらず、さらにメカニズム研究が必要だ。

ヒトは遺伝的に、また生活環境に多様性があるため、ヒトの研究で環境因子による世代を越えた影響を検出することは極めて困難であると考えられる。そこで、遺伝的なバックグラウンドが揃った実験動物を用いた長期的な実験によってまずそのメカニズムを明らかにし、影響を検出しやすい点を見つけることが重要だ。しかし動物実験の結果をヒトにあてはめるためには、考慮すべき点が多々ある。例えば、マウスはヒトより無機ヒ素に対する反応性が低いために、今回の実験では環境中にあるより濃い濃度の無機ヒ素を含む水を用いている。これらの点を理解せずに、動物実験の結果のみからヒトの将来の影響を考えることは適切でなく、種差を考慮し現実的な濃度において、ヒトでこのような現象が起こるかどうかを科学的データに基づいて評価することが必要になる。「将来の世代の健康にかかわる問題を先のこととして見逃さず、放置せず、結果を得るまでに長い時間を要する研究を地道に進めていくことが重要だ」と、研究グループは述べている。

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