医療・介護財政の管理に資する長期のリスク評価や予測モデルは稀有
東京大学医学部附属病院は1月7日、循環器領域の臨床経済的な負担軽減を目的に、医療ビッグデータと多変量解析のみならず、機械学習(人口知能:AI)をも応用して、広義のアドヒアランス(健康関連行動)関連の指標から医療・介護分野の費用を予測するモデル(Adherence Score for Healthcare Resource Outcome:ASHRO)を開発したことを発表した。これは、同大大学院医学系研究科の医療経済政策学の田倉智之特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「BMC medicine」(オンライン版)に掲載されている。
画像はリリースより
循環器疾患は、病態範囲が多様であり疾病機序も複雑なうえ、急性期イベントを繰り返しながら慢性化も呈する特性から、生命予後への影響や患者QOLの低下のみならず、介護ニーズも含めて社会的な負担も大きいことが特徴だ。一方、当該分野における医薬品や医療機器の進歩には目覚ましいものがあり、医療費の単価も著しく上昇している。また、ライフスタイルの変遷などから、日本において心血管疾患などの入院患者数は、毎年1万人ずつ増えており財政負担が増している。そのため、循環器領域の診療システムの持続的な発展には、臨床品質や医療資源の管理機能の強化が不可欠であり、その一環として予測モデルの活用が望まれている。患者の重症度や治療介入の成績を評価する各種モデルの開発は、臨床現場において盛んに行われてきている。しかし、医療・介護財政(保険財源)の管理に資する、長期のリスク評価や予測モデルは稀有だ。
AIと医療ビッグデータを用いた予測モデル「ASHRO」
研究では、保険財政や臨床成果に影響をおよぼす広義の複合アドヒアランスを説明変数(独立変数)に、医療・介護費用を目的変数(従属変数)とする予測モデル「ASHRO」を、東京大学が管理する医療ビッグデータを応用して開発した。予測モデルの構築は、ランダムフォレスト/ニューラルネットワーク等の機械学習により説明変数を調整のうえ、重回帰分析を基本評価としつつ、ロジスティック回帰分析にて補完した。DiscriminationとCalibrationの検証は、Area under the curve(AUC)およびHosmer-Lemeshow testで実施。対象者は、国際疾病分類(ICD-10)のI00~I99の診断による循環器疾患の入院加療歴がある症例で、観察期間は48か月とした。得られた予測モデルは、生命予後に対する感度を検証しつつ、主な臨床指標との関係についても解析した。さらに、算定されたASHROと医療・介護費用の対応状況について、コホート内の分布を統計学的に整理し、平均値に対する変位割合でスコアを作成した(10水準のASHROスコア)。
研究デザインは、後ろ向きのコホート研究とした。日本の医療保険制度、介護保険制度、特定健康診査制度の公的事業情報から構成される大規模なデータ(国保データベース:KDB)を研究ソースの中心とし、観察期間は2014年4月~2018年3月とした。データベースには、被保険者の基本属性と併せて、入院、外来、調剤、歯科に関わる医療費用と診療内容、受診頻度・入院期間などの情報、および介護サービス別の介護費用と要介護度、利用回数・利用期間などの情報、さらには健康診査に関わる問診・診察、検体検査・生体検査の結果、参加回数などの情報が、匿名化処理のうえ対象者の統一IDで整備された。研究における費用は、医療費用(入院、外来、調剤)と介護費用(居宅、地域密着、施設)を合計した。
また、複雑系の事象の大規模なサンプルについて多変量の解析を行うため、経験則に基づく通常の統計学的なアプローチには、物理的な側面や結果の網羅性において限界があったことから、研究グループは、AIを説明変数の選択と統合、および重みづけの設定に活用した。ランダムフォレストの長所は、オーバーフィットの問題を最小限に抑えることにあり、また、医療ビッグデータにおいては、数千の入力変数を持つ大規模サンプルに対して効率的に実行できる利点があった。異なるデータスケール(例えば、血圧とGFRは異なる正規値を持つ)に対応できること、無関係な変数の包含に対する堅牢性があることなども挙げている。
ASHRO算定スコアは将来の医療・介護費用を適切に予測できることを示唆
最終的な対象集団は4万8,456人、平均年齢68.3±9.9歳、男性比61.9%。ベースラインについて、主な検査値は、収縮期血圧131.2±15.0mmHg、中性脂肪120.8±5.2mg/dL。医療・介護費用は、9,160±9,045USドル/年人だった。アドヒアランス関連の説明変数は8指標(健康診査、リハビリ、生活指導、重複受診の2指標、服薬継続、施設アクセス、後発薬率)となった。重回帰分析の結果、モデル全体の決定係数は0.313(p<0.001)。予測モデルの識別能と較正能は、統計学的に有意に検証された(カットオフ50%に対するロジスティック回帰分析:p<0.001,AUC:0.889,Hosmer-Lemeshow test:0.169)。
危険因子を揃えた予測モデルの全死亡に対する感度の検証の結果、ASHROスコアの高い群と低い群の間には、3年以上後の累積死亡率に統計学的有意な差が認められた(2%vs.7%,p<0.001)。また、生命予後(全死亡)に対するASHROスコアのオッズ比は、1.860(95%CI:1.740-1.980,p<0.001)だった。スコア化の結果、長期の医療・介護費用の変化は、平均を基準に-77.8%~+138.6%に分布した。5つに分類したスコア帯の間で母平均の差の検定を行ったところ、スコア帯間の全てで、統計学的に有意差が認められた(2未満:p<0.05、2以上:p<0.001)。さらに同スコアは、主な臨床指標の36か月間の変位と統計学的有意に相関関係を示した。
筋骨格や腎不全などの領域でも同様の研究を推進
算定されたASHROは、主な臨床指標に対する感度を有しつつ、将来の医療・介護費用を適切に予測できることを示唆。予測モデルは、公的保険者(行政)と被保険者(患者・家族)に対して、財政面のみならず臨床面から新たな情報の提供を可能にすると考えられ、医療システムの持続的な進歩に貢献すると推察された。「研究では、医療・介護に関わる広義のアドヒアランスを、既存のデータベース内の患者および医療者の行動選択の実績から設定しており、この各種選択や行動変容については、診療ニーズや重症度などをも考慮しつつ、将来的にその背景をより詳細に検討することが重要であると考えられる」と研究グループは述べている。現在、筋骨格や腎不全などの領域についても、同様な研究を推進している。
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・東京大学附属病院 プレスリリース