進行乳がんほど高温の所見、悪性化との関連は不明
東京医科大学は1月5日、がんの周辺環境因子の1つである温度が、乳がんの悪性度に寄与することを発見し、転移を促進するなどがん微少環境に影響を与えるエクソソーム分泌が温度依存的に増加するメカニズムの一部を解明したと発表した。これは、同大医学総合研究所の落谷孝広教授(前国立がん研究センター研究所分野長)と国立がん研究センター研究所細胞情報学分野の山本雄介主任研究員、大塚蔵嵩外来研究員の研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Extracellular Vesicles」に掲載されている。
画像はリリースより
がん細胞を取り巻く周辺環境因子はさまざまに存在し、その中でもがんの発達に影響を与える酸素や栄養条件などに関して多くの研究がなされてきたが、温度変化に関する知見は少ないのが現状だ。乳がん症例の腫瘍部は一般的に皮膚温が上昇していることが多く、特に進行した乳がんほど高温の所見を呈する傾向があることが報告されていた。
1960年代よりその特徴を活かしてサーモグラフィなどによる乳がんの早期発見の試みが行われており、1990年代にはサーモグラフィから得られた乳がん部の温度の上昇が悪性化や予後との関連を示唆することが報告されている。しかし、温度が乳がんの悪性度に寄与するのか、また温度が乳がん細胞の表現型や悪性化に関与するとしてどのような影響を及ぼすか、その分子機構などに関しては未解明だった。
転移能、悪性度いずれも高い乳がん細胞株は高温下で細胞増殖促進
研究グループは初めに、ヒトの乳腺上皮細胞株MCF10A、一般的に悪性度が高くなく転移能が低いとされる乳がん細胞株MCF-7(ホルモンレセプター陽性、Her2陰性)、転移能が高く悪性度も高いとされる乳がん細胞株MDA-MB-231(ホルモンレセプター陰性、Her2陰性)の細胞増殖に温度が与える影響を調べた。その結果、MDA-MB-231のみ高温下で細胞増殖が促進されることがわかり、細胞の移動能(遊走能)や浸潤能も温度依存的に増えることも見出した。
温度依存的なエクソソーム分泌に関与する遺伝子を発見
がんの遠隔転移があると生存率が非常に低くなることから、がん細胞の転移能も重要だ。近年、細胞から分泌される50〜150nmの小胞(エクソソーム)が、細胞間のコミュニケーションツールの1つとして、転移先の微小環境(前転移ニッチ)形成などに関与することにより、がんの転移を促すことが報告されている。これまでの研究により、乳がんから分泌されるエクソソームが前転移ニッチの形成を促し、がん細胞から放出されるエクソソームの量や質ががんの転移に寄与することが知られていた。
そこで研究グループは、温度がエクソソームに与える影響を調べるため、温度変化に応答する、上記の転移能が高く悪性度も高いとされる乳がん細胞(MDA-MB-231)を温度別に培養し、エクソソーム量を調べた。その結果、放出量が温度依存的に増えることがわかった。また、エクソソームに存在するマーカータンパク質を調べたところ、その量も温度依存的に変化することが示唆され、温度がエクソソームの量と質に影響を与えることも明らかになった。さらに、温度帯ごとに乳がん細胞の遺伝子発現を網羅的に解析し、温度依存的に発現が変化する遺伝子の中から温度依存的なエクソソーム分泌に関与する遺伝子も見出した。
がん細胞の周辺環境因子の1つである温度変化に着目し、原発巣の腫瘍発達、遊走・浸潤、転移など、今後乳がんの悪性化に関与する遺伝子など分子機構の解明を行っていくことで、新たな治療標的の探索が進展していく可能性がある。研究グループは、「エクソソームのバイオロジーに関する知見を蓄積していくことにより、転移の新しいメカニズムの解明につながることや、新規のバイオマーカーの同定、エクソソームを標的としたがん治療研究戦略にも貢献できることが期待される」と、述べている。
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