抗がん作用を持つ翻訳阻害剤「ロカグラミドA」、eIF4A以外の標的タンパク質は?
理化学研究所(理研)は12月10日、抗がん作用を持つ植物由来の翻訳阻害剤「ロカグラミドA」の標的タンパク質として、翻訳開始因子「DDX3」を新たに同定したと発表した。この研究は、理研開拓研究本部岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎主任研究員、チェン明明国際プログラム・アソシエイト、七野悠一基礎科学特別研究員、水戸麻理テクニカルスタッフI、斉藤大寛研修生、袖岡有機合成化学研究室の袖岡幹子主任研究員、闐闐孝介専任研究員、藤原広一特別研究員(研究当時)、生命機能科学研究センター翻訳構造解析研究チームの伊藤拓宏チームリーダー、髙橋真梨技師、環境資源科学研究センター生命分子解析ユニットの淺沼三和子技師らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Chemical Biology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ロカグラミドAは、近年、注目を集めている翻訳阻害剤。抗がん作用を持つほかに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスであるSARS-CoV-2に対する抗ウイルス作用(ウイルス増殖抑制効果)も持つことが明らかになりつつある。
ロカグラミドAは、アグライア(Aglaia odorata、和名:樹蘭)という植物が産生する二次代謝産物であり、標的タンパク質である翻訳開始因子「eIF4A」に結合することで翻訳を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。これまで、ロカグラミドAはeIF4A以外のタンパク質も標的とすることが示唆されつつも、その詳細はわかっていなかった。また、ロカグラミドAは特定のがん細胞に対してより効果的に作用することが知られていたが、それがどのような性質の細胞なのかは未解明のままだった。
標的タンパク質として「DDX3」を新たに同定
今回、研究グループはまず、ロカグラミドAにO-NBD(ニトロベンゾオキサジアゾール)と呼ばれる特殊な反応基を結合させた化合物(RocA-O-NBD)を有機合成した。O-NBD基は、近くのタンパク質のリジン残基と反応し、蛍光性のN-NBD基へと変化する。この性質を利用し、RocA-O-NBDはその分子の近くに存在するロカグラミドAの標的タンパク質に蛍光標識を導入することができる。また、蛍光標識された標的タンパク質は質量分析法により同定できる。
実際に、RocA-O-NBDをウサギ網状赤血球抽出液中で反応させたところ、翻訳開始因子としてeIF4Aに加えて「DDX3」を新たに同定した。また、培養細胞でDDX3をノックダウンしたところ、ロカグラミドAによる細胞増殖抑制の効率が減少することがわかった。
eIF4AやDDX3はRNA結合タンパク質だが、RNA配列特異性を持たない。しかし、ロカグラミドAと結合したeIF4Aには、アデニン(A)やグアニン(G)塩基が連続した配列(ポリプリン配列)に対する新しいRNA配列特異性が生じる。これにより、ポリプリン配列を持つRNAからの翻訳が阻害される。同様のことがDDX3にも生じていることがわかった。
また、アグライアからRNAを単離し、次世代シーケンサーを用いた解析によりトランスクリプトームを再構築することで、アグライアのDDX3遺伝子の塩基配列を明らかにした。そして、アグライアDDX3には特異的な点突然変異が生じていることがわかった。この点突然変異をヒトDDX3に付与するとロカグラミドAが作用できなくなることから、アグライアは進化上、ロカグラミドAの標的タンパク質の遺伝子に変異を獲得することで、ロカグラミドAが自分自身を攻撃しないように翻訳開始因子を変化させたことが明らかになった。
ロカグラミドAの作用効果はeIF4AおよびDDX3の発現量と相関
通常の翻訳阻害剤は、その標的タンパク質の量が多いほど翻訳阻害効果が弱まる。しかし、ロカグラミドAはその逆で、標的タンパク質の量が多いほどRNAに結合するeIF4AおよびDDX3が多くなり、結果的に翻訳阻害効果が高まることがわかった(ドミナントネガティブ作用)。このことから、ロカグラミドAが作用しやすいがん細胞では、その標的であるeIF4AおよびDDX3が過剰発現している可能性が考えられた。そこで、数種のがん細胞を調べたところ、ロカグラミドAの作用効果はeIF4AおよびDDX3の発現量と相関することが明らかになった。
今回の研究で、抗がん剤として現在有望視されている小分子化合物ロカグラミドAの標的タンパク質と作用メカニズムが明らかになったことにより、より効果の期待できるがん細胞を予測することが可能になった。研究グループは、「今後は、事前にがん細胞の性質を調べることにより、ロカグラミドAが効きやすいかどうかを事前に診断できるようになると期待できる」と、述べている。
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・理化学研究所 研究成果