滑膜線維芽細胞の統合的オミックス解析で創薬の可能性を追求
東京大学医学部附属病院は11月6日、炎症環境下の滑膜線維芽細胞における炎症メディエーターの発現とクロマチンの構造変化および疾患感受性多型の関連を、初めて明らかにしたと発表した。これは、同大医学部附属病院 アレルギー・リウマチ内科の土屋遥香助教、太田峰人特任助教(免疫疾患機能ゲノム学講座)、藤尾圭志教授と、理化学研究所 生命医科学研究センター 自己免疫疾患研究チームの鈴木亜香里副チームリーダー、山本一彦センター長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Annals of the Rheumatic Diseases」に掲載されている。
画像はリリースより
関節リウマチの病態には、遺伝的素因や環境因子を背景に、T細胞、B細胞、単球などの免疫細胞や間葉系細胞における多彩な分子制御の異常が想定されている。中でも滑膜線維芽細胞は滑膜の表層に存在する多機能な間葉系細胞であり、関節リウマチでは、滑膜線維芽細胞が炎症メディエーター(例えばIL-6などの炎症性サイトカイン)を高発現することで、滑膜炎の惹起と持続に寄与している。
近年登場した生物学的製剤や分子標的薬は、炎症性サイトカインや免疫細胞間の共刺激分子、シグナル伝達経路を直接的に阻害することで、関節リウマチの治療を大きく発展させた。しかし、これらの薬剤の効果が十分に得られない患者の存在や、投与による全身的な免疫抑制が原因の重篤な有害事象が、治療を行う上で課題となっている。関節局所で滑膜炎の形成に中心的役割を果たす滑膜線維芽細胞を標的とした治療開発は、これらの課題を克服する可能性を秘めている。これまでに行われた大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)により、関節リウマチでは100以上の疾患感受性多型が同定された。GWASで明らかにされた「DNA多型」と「関節リウマチの発症」の因果関係は頑健だが、その多型の存在により、どの細胞にどのような変化が起こることで関節リウマチの発症につながるのか、メカニズムは十分に解明されていない。
一方、自己免疫疾患を対象とした過去の研究では、疾患感受性多型の多くが細胞種特異的、時には環境特異的に特定の遺伝子の発現を制御すると報告されている。つまり、関節リウマチの炎症ネットワーク形成における滑膜線維芽細胞の詳細な役割や、滑膜線維芽細胞を標的とした創薬の可能性を追求するうえで、ゲノムだけでなく、トランスクリプトームやエピゲノムなどを統合的に解析することが重要だと考えられる。
複合的な炎症環境下でのクロマチン構造変化が疾患感受性に関連、転写因子MTF1が重要
今回研究グループは、関節リウマチと変形性関節症(各30例)から滑膜を採取し、滑膜線維芽細胞を単離した。さらに、これらを関節内の代表的な8種類のサイトカイン(IFN-α、IFN-γ、TNF-α、IL-1β、IL-6/sIL-6R、IL-17、TGF-β1、IL-18)と、関節内の複合的な炎症環境を模したこれら8種類の混合(8-mix)で刺激した。また、同じ患者の末梢血から、5種類の主要な免疫細胞(CD4+T細胞、CD8+T細胞、B細胞、NK細胞、単球)を分取した。これらの遺伝子発現(トランスクリプトーム)について、次世代シーケンサーを用いたRNAシーケンスで定量し、ChIPシーケンスにより得られたヒストン修飾情報やHi-Cによるクロマチン3D構造情報(エピゲノム)、SNPアレイによるDNA多型情報(ゲノム)との関連を統合的・網羅的に解析し、カタログ化した。滑膜線維芽細胞のDNA多型を含む多層的解析は世界初となる。
その結果、まず、関節リウマチと変形性関節症の滑膜線維芽細胞では、炎症刺激に対する応答の大部分は疾患間で共通していたが、無刺激の状態から一部の遺伝子発現(例えばSOCS5やCXCL11)には明瞭な違いを認めた。その理由として、長期間の炎症環境への暴露により刷り込まれた関節リウマチのエピゲノム異常に由来する可能性が考えられた。
また、DNA多型による発現の制御には、細胞種や疾患による違いに加え、炎症刺激による違いが確認された。例えば、免疫細胞との細胞間相互作用に重要と考えられるCD40は、IFNγ刺激により滑膜線維芽細胞で高発現するが、これは関節リウマチの疾患感受性多型(rs6074022)により制御されることが明らかになった。加えて、滑膜線維芽細胞は複合的な炎症環境にさらされることでダイナミックなクロマチン構造の変化を起こし、DNAが露出した長大なエンハンサー領域(スーパーエンハンサー)に関節リウマチの疾患感受性多型が多く存在していた。このことは、活性化した滑膜線維芽細胞が、関節リウマチの疾患感受性と関連した炎症ネットワーク形成の一部を担うことを示唆しているという。さらに、複合的な炎症環境下のスーパーエンハンサー構成に重要な転写因子としてMTF1を同定し、siRNAによるin vitroのノックダウン実験や、阻害薬によるin vivoの治療実験を通じて、MTF1は関節炎の形成に重要であることが証明された。
既存の薬剤とは全く異なる経路を介した、より全身的な免疫抑制作用の少ない治療開発に期待
今回の研究成果により、関節内の炎症環境により活性化した滑膜線維芽細胞が関節リウマチの病態形成に果たす役割と遺伝子発現制御メカニズムが、包括的に明らかにされた。また、関節局所に存在する滑膜線維芽細胞を標的とした創薬候補が発見されたことで、既存の薬剤とは全く異なる経路を介した、より全身的な免疫抑制作用の少ない治療開発につながることが期待される。「今後は、MTF1の滑膜線維芽細胞や関節炎モデルマウスにおける詳細な機能解析と、臨床への還元を目指したいと考えている」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース