O157の病原性におけるTol/Palシステムの役割を、マウスを用いて評価・検証
群馬大学は9月24日、腸管出血性大腸菌O157のワクチン候補株の作製に成功したと発表した。これは、同大大学院医学系研究科細菌学講座の平川秀忠准教授らの研究グループ(富田治芳教授)と、同大大学院医学系研究科生体防御学講座の鈴江一友講師との共同研究によるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
O157に代表される腸管出血性大腸菌は、食中毒の原因菌として知られ、加熱が不十分な食肉や、同菌で汚染された調理器具やトング、箸などを介して調理された食材を摂取することで感染する。腸管出血性大腸菌は3型分泌タンパク質と呼ばれる病原性因子を産生し、大腸の細胞を破壊することで激しい腹痛や血便を引き起こす。また、腎臓や脳にも傷害を受けた場合には死に至るケースもある。O157の表層には、Tol/Palシステムと呼ばれるタンパク質が存在している。
研究グループは今回、O157の病原性におけるTol/Palシステムの役割を、マウスの生体内で評価、検証した。
Tol/Palシステムを産生できない変異型シトロバクター菌では腸炎、下痢、致死性のいずれもみられず
研究では、マウスに対する病原菌として、代替モデルのシトロバクター菌(学名:Citrobacter rodentium)を用いた。同研究では、Tol/Palシステムを産生できない変異型のシトロバクター菌を新たに作製することにも成功した。
強毒型(野生型)のシトロバクター菌をマウスに経口感染させたところ、感染8日目までに全頭のマウスが激しい下痢を起こした後に死亡したのに対し、変異型のシトロバクター菌を感染させたマウスでは下痢は見られず、全頭生存していた。感染後のマウスから大腸を採取し、病態を観察したところ、強毒型のシトロバクター菌を感染させたマウスの大腸は著しい炎症を起こしていた。一方で、変異型のシトロバクター菌を感染させたマウスの大腸においては、目立った炎症は観察されなかった。
変異型のシトロバクター菌はマウスに対して病原性を示さなかったが、感染7日後のマウスの脾臓から免疫誘導を担うT細胞を採取し免疫誘導能を検証したところ、腸管感染に対する防御免疫として知られているTh17細胞の活性化が観察された。これは、変異型の感染でも高病原型に対する免疫ができることを意味しているという。
Tol/Palシステムの働きを止める薬が、難治性の細菌感染症に対する治療薬となる可能性
今回の研究で作製に成功した変異株は、病原性は極めて低いものの防御免疫に重要なTh17細胞の活性化を引き起こすことが示された。したがって、同株は腸管出血性大腸菌O157感染症の予防、治療のための弱毒生ワクチンの有力候補になり得ると期待される。
また、腸管出血性大腸菌O157のTol/Palシステムの働きを止める薬ができれば、同菌による感染症を抑えることができると期待される。これは、「菌を直接攻撃せずに、病原細菌の病原性を抑える」ことであり、「菌を殺す、あるいは菌の生育を抑える」という従来の抗菌薬とは一線を画した新しいタイプの感染症治療薬になり得る可能性がある。
近年、さまざまな既存の抗菌薬に対して耐性を持つ薬剤耐性菌(多剤耐性菌)の蔓延が社会的に大きな問題となっている。さらに、Tol/PalシステムはO157だけでなく、緑膿菌など他のさまざまな難治性の病原細菌も同様のシステムを持つことが知られている。「Tol/Palシステムの働きを止める薬は、さまざまな難治性の細菌感染症に対する治療薬になり得ると期待される」と、研究グループは述べている。
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