ASDの生物学的再分類に役立つバイオマーカーが望まれている
理化学研究所(理研)は9月11日、脂肪細胞型脂肪酸結合タンパク質FABP4が自閉スペクトラム症(自閉症)のバイオマーカーになり得る可能性を発見したと発表した。この研究は、理研脳神経科学研究センターキャリア形成推進プログラムの前川素子上級研究員(同分子精神遺伝研究チーム研究員兼務)、分子精神遺伝研究チームの吉川武男チームリーダー、大西哲生副チームリーダーらの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Brain Communications」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
自閉症は、コミュニケーションや社会的相互作用の障害、興味と行動の偏り、知覚過敏や多動傾向を臨床的特徴とする神経発達障害の1つと定義されている。その発症率は近年増加傾向にあると言われており、平成26年の厚生労働省の調査では全国に19万5,000人の自閉症者(医療機関に通院又は入院している自閉症、アスペルガー症候群、学習障害、注意欠陥多動性障害などの総数)がいると報告されている。しかし、その詳しい病態についてはまだ分かっていない。自閉症の病態を明らかにし、新しい診断法や治療法の開発の取り組みに貢献するため、自閉症の生物学的再分類に役立つバイオマーカーの発見が望まれている。
FABP3、5、7と統合失調症やASDが関連、FABP4は?
自閉症の病態メカニズムの1つとして、脂質代謝異常が関連する可能性が知られている。コレステロール合成が障害されるスミス・レムリ・オピッツ症候群の患者の約半数が自閉性障害を合併することや、脂肪酸が脳の発達や機能に関連することがその理由だ。また、自閉症児において、脂肪組織が産生・分泌する生理活性物質(アディポカイン)の値の異常が繰り返し報告されていることも、自閉症と脂質代謝異常の関連を疑わせる重要な知見となっていた。
アディポカインの1つとして報告されている脂肪細胞型脂肪酸結合タンパク質(Adipocyte fatty acid binding protein 4:FABP4)は、分化した脂肪細胞の全タンパク質の6%を占める主要なタンパク質で、脂肪細胞から血中に分泌され、全身のインスリン感受性および脂質代謝や糖代謝に深く関わることが知られている。FABP4と精神疾患との関連については、最近の前川素子上級研究員らの研究から、FABP4遺伝子はヒトの脳にも発現していること、統合失調症患者の毛根細胞においてFABP4遺伝子の発現が減少していることがわかっている。また、前川上級研究員らは、同じFABPファミリーのうち、FABP3、5、7と統合失調症、自閉症との関連も明らかにしている。しかし、FABP4と自閉症の関連についての報告はまだなかった。
ASD児群でFABP4の血中濃度低く、日本人患者からFABP4遺伝子変異も同定
今回、研究グループは、脂質代謝と自閉症病態メカニズムの関連を調べることを目的に、定型発達児と自閉症児の血液サンプルを用いて脂質代謝に関連する物質(FABP4、レプチン、アディポネクチン、MCP-1、インスリン、グルコース、遊離脂肪酸)の血中濃度を測定。身体の発達や置かれている社会環境の違いを考慮し、年齢グループごとに定型発達児と自閉症児を比較したところ、未就学児(4~6歳)のグループにおいて、自閉症児群でFABP4の血中濃度が有意に低かった。さらに、より低年齢の幼児(2~4歳)グループでも、同様の結果が得られた。
次に、FABP4遺伝子の機能異常が自閉症の病態形成につながる可能性を検討するため、日本人の自閉症患者(n=659)および健常者(n=1,000)のDNAサンプルを用いて、FABP4遺伝子の遺伝子配列解析を実施。その結果、自閉症患者のサンプルから、ミスセンス変異Thr8Alaを1例、ナンセンス変異Trp98Stopを1例、同定した。Thr8Ala変異について、ANSと呼ばれる脂肪酸類似物質との結合能アッセイを行ったところ、Thr8Ala変異タンパク質では脂質結合能が影響を受けると判明。ナンセンス変異Trp98Stopについては、変異によってタンパク質の機能に重要な役割を果たす領域が欠けることが予想された。また、家系解析により、家系内で変異と精神疾患が共分離することが明らかになった。一方、健常者サンプルでは機能的変化を起こすような変異は認められなかった。
Fabp4遺伝子破壊マウス、行動・組織ともにASD類似の表現型
また、FABP4の機能低下が自閉症の病態形成につながる可能性について、Fabp4遺伝子破壊マウスを用いて個体レベルで検証。精神疾患関連の行動解析を行った結果、Fabp4遺伝子を破壊すると、スリーチャンバーテストでは社会的探索行動の減少が、モリス水迷路試験では空間学習記憶の低下が、そして母仔分離の際の仔の超音波啼鳴試験においては音声コミュニケーションの質的な障害が生じることが判明した。これらの結果は、マウスにおいてFabp4遺伝子を破壊すると、自閉症に類似した行動表現型の変化が起こることを意味している。
さらに、過去に行われた解析で、自閉症患者の死後脳における大脳皮質の錐体細胞のスパイン密度の増加が報告されているが、Fabp4遺伝子破壊マウスの大脳皮質前頭前野の錐体細胞でもスパイン密度が上昇していることを発見。Fabp4遺伝子破壊マウスは、組織学的にも自閉症類似の表現型を示すことがわかった。
最後に、大脳皮質を用いて脂肪酸組成を解析したところ、Fabp4遺伝子破壊マウスでは野生型マウスと比較して、アラキドン酸、ドコサヘキサエン酸などの脂肪酸の割合が増加する一方、パルミチン酸、パルミトレイン酸などの割合は減少することを見出した。この解析から、FABP4の機能低下は、脳の脂肪酸の動態に影響を与え得ることが判明した。
血中FABP4値はASDの早期バイオマーカーとして有用な可能性
今回、研究グループは、血中FABP4値が自閉症の早期バイオマーカーとして有用である可能性を見出した。この結果については、今後、より大規模なサンプルサイズで検討し、FABP4値の低下を伴う自閉症がどのような特性を持つのかを調べることで、自閉症の生物学的再分類に役立つバイオマーカーになり得るか、さらに詳しく調べ、また、日本人以外のサンプルでも定型発達児と自閉症児の血中FABP4の濃度を調べていく必要がある。
研究グループは、今後、自閉症患者の死後脳を用いた脂肪酸分析、自閉症児の前向きコホート研究やモデル動物を用いた研究などを通して、FABP4を起点とした自閉症病態メカニズムの理解を目指していきたいとの考えを示している。
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・理化学研究所 研究成果