生きた動物の脳内で細胞のエネルギーレベルが常に一定に保たれているという仮説を検証
東京都医学総合研究所は9月7日、生きたマウスの脳内エネルギー計測に成功し、動物の睡眠-覚醒に伴い、神経の細胞内エネルギーが大脳皮質の全域で変動していることを発見したと発表した。この研究は、同研究所・睡眠プロジェクトの夏堀晃世主席研究員と本多真副参事研究員が、東北大学の常松友美助教および松井広教授、東北工業大学の辛島彰洋准教授、Max-Planck-InstituteのKlaus-Armin Nave教授、慶應義塾大学の田中謙二准教授らの研究グループと共同で行ったもの。研究成果は、「Communications Biology」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
生きた動物の脳内では、細胞のあらゆる活動に必要なエネルギーの枯渇を防ぐため、エネルギーの恒常性を維持する仕組みが働いていると考えられている。その1例として、神経の発火活動が生じた脳領域では血流量が増加し、エネルギー源である酸素やグルコースが積極的に供給されることが知られている。
また、動物の睡眠-覚醒に伴い、脳内でさまざまな細胞のエネルギー消費活動が変動するのに伴い、脳血流量やグルコース(糖)の細胞内への取込みが変動することが知られている。これらの仕組みにより、生きた動物の脳内で、細胞のエネルギーレベルは常に一定に保たれていると予想されてきたが、これを証明した研究はなかった。
レム睡眠中に神経細胞内のエネルギーが大きく低下
研究グループは今回、細胞のエネルギーとして利用される分子であるATP(アデノシン三リン酸)の神経細胞内濃度を、ATPを感知する蛍光プローブと光ファイバを用い、生きたマウスの脳からリアルタイムで計測した。その結果、マウスの大脳皮質の興奮性神経の細胞内ATP濃度はマウスの覚醒時に高く、覚醒からノンレム睡眠に入ると低下し、さらにレム睡眠に入ると大きく低下した。
一方、細胞へのエネルギー供給を表す脳血流量は、マウスの覚醒時と比較してノンレム睡眠中にわずかに増加し、レム睡眠中に大きく増加した。レム睡眠中、脳のエネルギー供給活動が促進しているにもかかわらず、神経細胞内ATP濃度は大きく低下したことから、レム睡眠中には、脳の熱産生など何らかの理由で神経細胞のエネルギー消費が亢進し、それにより神経細胞のエネルギーバランスが負に傾いている可能性が考えられる。このレム睡眠中と同程度の神経細胞内ATP低下は、脳への電気刺激による神経興奮時や、マウスに全身麻酔をかけた際にもみられた。
さらにマクロ顕微鏡を用いて、マウスの大脳皮質全域の神経細胞内ATP変動を同時に観察したところ、マウスの睡眠―覚醒に伴う神経細胞内ATP変化は、大脳皮質の全域でシンクロして生じることがわかった。特に、細胞のエネルギー需要が増加する覚醒時に神経細胞内ATPが大脳皮質全域で増加することから、動物の睡眠から覚醒に合わせて脳の広域で神経細胞内ATPを一気に増加させる、全脳レベルのエネルギー調節機構が存在する可能性が予想される。
動物の状態変化に伴う細胞のエネルギー変動や、維持に働く脳内システムの解明に期待
これまで脳のエネルギー恒常性維持機構により、細胞のエネルギーは常に一定に保たれると考えられてきたが、同研究はこの予想を覆し、大脳皮質の神経細胞内エネルギーは動物の睡眠覚醒に合わせて変動することを明らかにした。特に、同研究で見出したレム睡眠中の大脳皮質における神経細胞内エネルギーの著しい低下は、レム睡眠の新たな生体指標として利用でき、その背景にあるレム睡眠特異的な神経エネルギー消費活動の解明が期待される。
また今回、生きた動物における脳のエネルギー計測法を樹立できたことから、今後、動物のさまざまな状態変化に伴う細胞のエネルギー変動や維持に働く脳内システムの解明が期待される。
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