14日ルールを胚様構造体の研究にどのように適用すればよいか
京都大学は8月27日、試験管内で培養されるヒト多能性幹細胞由来の胚様構造体を用いた研究の現状と展望を基に、将来、通常の胚に似た胚様構造体が作製される可能性を指摘するとともに、胚様構造体がはらむ倫理的課題に対応しながらどのように研究を進めていくのがよいのかを示唆したと発表した。これは、同大高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)の澤井努特定助教 (iPS細胞研究所特定助教)、iPS細胞研究所の皆川朋皓研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「EMBO reports」のオンライン版に掲載されている。
近年、ヒト胚を体外で培養する技術や、人多能性幹細胞を用いて胚の発生過程を模倣する技術が飛躍的に進展している。前者に関しては、現在、ヒト胚を用いた研究を倫理的に進めるうえで各国が遵守している国際的な規則、「14日ルール」があり、研究者はヒト胚の体外培養を精子・卵子の受精後13日で意図的に中止している。ただ、2019年にはヒトに近いサルの胚を受精後20日まで培養したと報告されており、ヒトでも受精後14日を越えて胚を培養することが技術的に可能だ。後者に関しては、現在、複数の研究グループが、試験管内で初期発生を模倣することで、ヒトやヒト以外の幹細胞(ES細胞やTS細胞、XEN細胞など)から多様な胚様構造体を二次元、または三次元で作製することに成功している。中には、人の発生における受精後14日(原始線条が形成される時期)、また受精後14日を越えた段階の胚に似たものも作製されている。これらの研究が進展すれば、これまで十分に明らかになってこなかった胚の発生メカニズムを理解したり、将来的には不妊症の解明や臓器移植などの臨床目的で利用したりできるとして期待されている。
現時点では培養条件によって胚の発生が途中で止まる、また形態や構造の観点から、胚様構造体が通常の胚と比べて不完全であるという課題を抱えている。しかし今後、技術がさらに進展すれば、胚を体外で長期間培養したり、通常の胚に似た胚様構造体を培養したりできると予想される。かつてES細胞研究においては、人へと成長する潜在性を持つ胚を破壊して、ES細胞を作製することの倫理的是非が争点になった。そのため、もし胚様構造体が人へと成長する潜在性を獲得する可能性がある場合、胚様構造体を作製してよいのか、また胚様構造体の種類に応じて、どの段階までであれば発生を進めてよいかという問題が生じる。特に、14日ルールを胚様構造体の研究にどのように適用すればよいかという問題は極めて緊急性の高い課題だ。
胎児以降に成長する部分を含む胚様構造体は、原始線条の形成以降発生させるべきではない
そこで研究グループは、人へと成長する「潜在性」の考え方に着目することで、どのような種類の胚様構造体を倫理的に配慮し、14日ルールを適用すべきなのかを考察した。胚は一般的に、受精してから発生を進める過程で、胎児、人へと成長する部分と、胎盤になる部分に分かれる。現在の技術レベルでは難しいが、(それを可能にする)技術と(それをしたいという)意図さえあれば、将来的に胎児、人へと成長する部分を適切な環境下で発生させることが可能になる。その意味で、胚様構造体を用いた研究をどの程度認めてよいかは、胎児、人へと成長する部分を含むかどうかに依存すると言える。この理解を前提に、現在、14日ルールの下、通常の胚を原始線条の形成以降、発生させてはならないように、胚様構造体も胎児、人へと成長する部分を含む場合には、原始線条の形成以降、発生させるべきではないと論じた。一方、胚様構造体でも胎児、人へと成長する部分を含まない場合、体細胞を用いた研究などと同じように行ってもよいと指摘した。
近年は、ヒト胚を体外で培養する技術が向上していることもあり、14日ルールの妥当性を問い直す動きも見られる。研究グループは、「今回の論文では扱わなかったが、この課題については、生命倫理学者や科学者だけでなく、広く社会で検討していく必要があると考えている」と、述べている。
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・京都大学 研究成果