「ヒトの行動に合わせた機械による支援」を目指した基礎実験
東京大学先端科学技術研究センターは8月13日、筋電気刺激を使った実験により機械の適切な支援のタイミングを同定し、ヒトの意図と機械の動作のずれを防ぐ上でヒトの知覚の順応現象の応用が可能であることを明らかにしたと発表した。これは、東大大学院情報理工学系研究科 博士課程1年の松原晟都大学院生、青山一真助教、同センターの脇坂崇平特任研究員、檜山敦講師(理化学研究所革新知能統合研究センター兼務)、稲見昌彦教授および東京工業大学工学院経営工学系のKatie Seaborn准教授らによる研究グループによるもの。研究成果は、「PLOS ONE」に掲載されている。
画像はリリースより
ウェアラブルデバイスが製品化されているように、生活を支援する機械が社会に浸透してきている。特に、パワーアシスト装置をはじめとした「人間機械協調システム」には大きな期待が寄せられている。しかし、人間機械協調システムにおいて、機械がヒトの意図通りに動かない場合には、機械が目的の動作を妨害して事故の原因となったり、ヒトが自身の動作において自ら制御している感覚を損なったりする点が課題となる。そこで研究グループは、ヒトの行動に合わせた機械による支援を「システムの利用者の自発的意図に基づく随意運動(以下、自発的運動)のタイミングに合わせて、機械からの補助・介入運動(以下、外部操作運動)を与え、運動を増幅させること(以下、増幅運動)」と定義し、上記の課題解決のために特に外部操作運動のタイミングに注目した。
増幅運動では、利用者が外部操作運動のタイミングを予測できない場合、急に外部から動かされたと感じ、本来意図した運動が妨害されることがある。そのため、自発的運動と外部操作運動のタイミングを利用者の知覚において一致させて予測しやすくする「知覚的同時性」を保持することが特に重要だ。そこでまず、ヒトの行動において多様な役割を担う腕を対象に、知覚的同時性を計測する実験系を構築。具体的には、上腕二頭筋に筋電位計を設置し、当該部位が運動する直前の筋肉の収縮を検出した際に、任意の待機時間を経て筋電気刺激を与える増幅運動システムを構築し、2つの基礎実験を行った。
「時間的再較正現象」を応用すれば、知覚的同時性を保持できる可能性
まず、自発的運動の検出から外部操作運動までの時間差について、知覚的同時性が保たれる時間範囲を同定。被験者の上腕二頭筋における自発的運動を検出して外部操作運動として筋電気刺激を与えるまでの待機時間を変えることで、知覚的同時性の変化を捉えた。それぞれの検出-操作時間での試行において、被験者に自らの運動に対する外部操作運動のタイミングについて「早い」「同時」「遅い」の3段階で回答を求めた。その結果、検出-操作時間が80-160ms程度で「同時」と報告する割合がピークに達することがわかった。これは、ヒトが自らの動きと外部操作運動の時間差を同じと感じる時間範囲が存在することを示唆しており、機械がヒトの動作に介入するタイミングを設計する上で重要な手掛かりとなる。
さらに、知覚的同時性を保つ外部操作運動を提示するにあたり、人間の知覚の順応についても検討した。知覚の順応については、異なる2つの感覚器(視覚と聴覚など)を、時間をずらして反復的に刺激し続けると、タイミングが異なるはずの刺激が次第に同時に与えられているように感じられる時間的再較正現象が知られている。増幅運動の場合、このような現象を応用できると、自発的運動と外部操作運動の時間差にシステムの利用者の知覚が順応することで、順応前は同時ではないと感じていた刺激でも同時だと感じることができると考えられる。これにより、知覚的同時性を保持しやすくなれば、ヒトと機械の動作のずれを防止する有効な手段となり得る。
そこで研究グループは、自発的運動と外部操作運動の知覚的同時性に順応的変化が生じるかを検証。前述の実験系ではランダムに検出-操作時間を変えた刺激(ランダム刺激)を用いたが、ここでは50msまたは150msに固定した筋電位刺激(順応刺激)とランダム刺激を交互に用いた。これにより、被験者は順応刺激で用いられる特定の時間幅を、より多く体験することになる。その結果、順応刺激を50msの検出‐操作時間に設定した場合では150msの場合と比べ、自発的運動と外部操作運動が同時であると知覚するまでの検出‐操作時間が有意に早くなることが判明。これらの検証から、順応させる条件によって知覚的同時性が保たれる検出-操作時間が変化することが示唆され、自発的運動と外部操作運動のタイミングが異なる場合にも知覚の順応を応用して知覚的同時性を保持できることが示唆された。
ヒトの意図と機械の動作のずれを防ぐには、知覚の順応を促すことが有効
今回の研究では、機械がヒトの行動に合わせた協調支援を提供する上での課題について、知覚的同時性を保持した機械の支援の適切なタイミングを明らかにし、さらに知覚的同時性を得る上で知覚の順応を促すことが有効であることが、実験によって明らかにされた。
研究グループは、「今後は、人間が機械の支援を予測し機械と協調し続けることで知覚がどのように変容するかについて、より深く探求していく。このように人間と機械の両面から研究を進めることで、外部から運動を与えて操作・補助を行う場合の人間の認知メカニズムの解明や、利用者の運動を妨害しない安全な人間機械協調システムへの応用など、幅広い展開を目指していく」と、述べている。
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・東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース