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神経回路モデル搭載ロボットで、ASDの認知行動異常を解明-早大ほか

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2020年08月13日 PM12:30

脳の計算理論で、ニューロンの活動性の異常とASDの認知・行動特性との関係を明らかに

早稲田大学は8月12日、神経回路モデルを搭載したロボットの学習実験を通じて、神経細胞であるニューロンの活動性が一様になることで自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder、以下ASD)に類似する多様な認知行動異常が示されることを明らかにしたと発表した。これは、同大基幹理工学研究科博士後期課程2年の出井勇人氏および理工学術院の尾形哲也教授、国立情報学研究所の村田真悟助教(研究・論文投稿時、現:慶應義塾大学)、国立精神・神経医療研究センターの山下祐一室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Psychiatry」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

ASDは、多くの遺伝的要因が複雑に関与して起こる神経発達障害。その症状は多様で、社会的コミュニケーションにおける持続的な欠陥や、限定された反復的な行動様式、さらには感覚刺激への過敏さ、または鈍感さにまでおよぶ。ASDの原因を探るため、これまで神経科学、認知科学、心理学など、さまざまな分野で研究が進められてきた。例えば、神経科学においては、ニューロンの活動のしやすさ(活動性)を制御する分子の異常とASDとの関連が指摘されている。一方、ASDの認知的な特徴としては、経験した物事や情報を過度に「丸暗記」してしまい、未経験の刺激に対して知識を汎化することが苦手であることが示唆されてきた。しかし、ニューロンの活動性の異常と認知的な汎化能力の低下との関係性や、ASDの多様な症状が生じる具体的なメカニズムについては明らかになっていなかった。

研究グループは、脳の計算プロセスを模した再帰型神経回路モデルを、実環境に働きかける身体としてロボットに搭載し、再帰型神経回路モデルにニューロンの活動性の異常を人工的に引き起こさせ、その変化がロボットの学習発達、認知・行動特性に与える影響を調べた。これにより、脳の計算理論の観点から、ニューロンの活動性の異常とASDの認知・行動特性との関係を明らかにすることを目的として実験を行った。

ニューロン群が「異なる多様な活動性」か「一様で類似の活動性」かで、認知行動に違いが出ている可能性

実験では、ニューロン群の活動性が多様な定型モデルと一様なASDモデルを用意。そして、それぞれの再帰型神経回路モデルを搭載したロボットに実験者とのボール転がし、遊びを右腕、左腕の両方で学習させた。続くテスト実験では、実験者とのリアルタイムでのボールパス交換を通じて汎化能力と認知の柔軟性を評価した。その結果、定型モデルにおいては、ロボットは学習後の高い汎化能力と環境変化に応じた柔軟な行動の切り替えを示した。一方で、ASDモデルにおいては、過敏なニューロン活動や、シナプス結合の過剰発達といった神経系における異常が観察され、学習における過剰適合(丸暗記)が確認された。これは、ニューロンの活動性が一様であることによって、感覚刺激に対するニューロン群の反応が過剰になり、神経回路の情報表現能力が過度に上昇したことを示唆しているという。その帰結として、ロボットは認知の柔軟性の低下や汎化能力の低下、運動のぎこちなさ、感覚過敏といったASDに特徴的な多様な認知行動の異常を示した。これらの結果は、ニューロン活動、シナプス発達、認知、行動、脳の計算過程といったさまざまなレベルで蓄積されてきたASDの知見と整合性のあるメカニズムを提示している。つまり、神経回路を構成するニューロン群が、異なる多様な活動性を持っているのか、一様で類似の活動性を持っているのかによって、認知行動における違いが引き起こされる可能性が示唆された。

今回研究グループは、ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程の関係性を包括的に説明するために、神経回路の特性を反映し、認知機能の計算原理が実装され、かつ実環境に働きかける身体を持ったモデルの枠組みを構築した。具体的には、再帰型神経回路モデルに、近年ASDとの関連が注目されている予測符号化と呼ばれる認知機能の計算原理を実装し、これをロボットに導入した。予測符号化理論においては、脳の階層的な予測情報処理の異常によって、多様なASDの症状が説明できることが示唆されている。このことから、低次の「感覚運動」処理を担うニューロンと高次の「意図」の働きをするニューロンが階層をなす再帰型神経回路モデルを使用した。これにより、ロボットに階層的な予測情報処理に基づいた学習機能と、環境変化に応じて意図・行動を切り替える機能を持たせることができるという。

研究グループはこれまで、このモデルの枠組みを用いることで、精神疾患の症状をシミュレートする研究を行ってきた。しかし、これまでの研究では、正常に学習が完了したモデルに損傷が発生したときに生じる認知行動への影響に焦点を当て、神経発達障害の理解に重要な学習発達過程の側面は考慮していなかった。今回、ニューロンの活動性が一様になっているというASDの神経回路に関する新しい仮説を提案し、再帰型神経回路モデルに導入することで、それが学習発達に与える影響を調べた。これにより、学習発達過程を通じて生じる、ニューロン活動やシナプス発達といった神経系の異常から、認知行動の異常までを包括的に扱うことができる計算モデルの枠組みを初めて構築した。

神経回路モデルとロボットの活用で、神経発達障害の包括的なメカニズムの理解目指す

今回の研究では、ASDにおける神経回路、認知、行動、脳の計算過程のそれぞれの特性の関係を包括的に説明できるモデルが提案された。同成果は、ASDの人々の認知特性について筋道立った理解を与え、自己理解と社会的な共有を促すことが期待される。また、ASDの症状を軽減するための対処方法として、感覚特性に合わせて部屋の明るさを調整したり、サングラス、ヘッドホンを使用するなどの介入が有効と言われているが、そのような環境調整的な介入法を開発する上での理論的な示唆を与えるという臨床への貢献も期待される。

一方で、ニューロンの活動性の一様さによって実験で示されたもの以外のASDの症状、例えば、言語発達の遅れや社会的コミュニケーションの欠陥といった症状も説明できるかという点については今後の課題と言える。

研究グループは、「神経回路モデルとロボットを用いたわれわれの研究が架け橋となって、断片化されていたさまざまな知見が繋がり、神経発達障害の包括的なメカニズムの理解に少しでも貢献できたら幸いだ」と、述べている。

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