てんかん発作時の脳波変化を数学的知見から分類
京都大学は7月28日、複雑なてんかん発作を、新規の数学モデルにより分類したと発表した。これは、同大大学院医学研究科の池田昭夫教授、松橋眞生同准教授、同博士課程学生らの研究グループによるもの。研究成果は、「eLife」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
てんかん診療にあたっては、てんかんを正しく分類し適切な治療を行うことが大切だ。しかしこれまでのてんかん分類は、十分な知見・データが集約されていなかったため、てんかん発作の症状や脳波検査の波形の視察など、記述的な評価に基づくものであり、十分な科学的・客観的な分類はできていなかった。
今回の研究は、てんかんを科学的に分類する方法のひとつとして、てんかん発作時の脳波変化を数学的知見から分類するもの。この分類は数学の力学系(ダイナミックシステム)理論モデルに基づくことから、発作の力学系分類(Taxonomy of seizure dynamotypes: TSD)と名付けられた。この極めて概念的・客観的分類が、実臨床のデータと照らし合わせて有効であり、かつ、この理論が幅広いてんかんの状態を説明し得ることが示された。
数学モデルから作られる発作マップにより、てんかん発作のさまざまな側面が説明可能に
研究では、難治性てんかんにおいて、手術によって頭蓋内への電極留置による検査を必要とした患者の発作時脳波データを解析対象とした。同研究グループを含む5大陸7施設の発作時脳波データ120件を収集し、発作の起始・停止パターンをTSDに基づき分類した。特に、京大で長年研究されてきたDC電位と呼ばれる非常にゆっくりした脳波変動を重要構成成分のひとつとして採用し、解析した。
TSD分類は、数学の力学系理論に基づいたモデルから導き出される分類。この分類によって、発作時の脳波波形の振幅・周波数の変化の特徴から、発作起始は4種類に、発作停止は4種類に分けられ、それらの組み合わせとして16種類の発作に分類された。そして、実臨床データは、このTSD分類によって齟齬なく分類された。
また、同様の力学系モデルを用いると、発作マップ(a seizure map)が作られる。マップには通常時(非発作時)、発作時、あるいはその間の状態が色分けしてあり、マップ上のどこに脳の状態があるのかを見ることができる。てんかん発作では、脳が通常時から発作時に移行し、戻ってくるのが一連の変化となる。また、通常時と発作時の境界線を越えることが先述の発作起始・停止にあたる。
異なる種類の発作起始・停止パターンをもつ境界線は、それぞれ異なる色で示され、どの種類の起始・停止パターンにあたるかは、越える境界線の種類によって判断する。脳波データを分類する際に見られた特殊例として、(1)発作の中に1つのTSD分類からもう1つのTSD分類に移行しているもの、(2)1人の患者が繰り返す発作の中で複数のタイプが見られるもの、があった。
(1)の場合では、移行したTSD分類は発作マップ上、近い経路にあることがわかり、(2)に関しては1人の患者で見られた複数の発作もマップ上でお互い近い経路をたどっていたことがわかった。つまり、脳の状態が少し変化したことにより、複数のタイプの発作が発現していたと考えられる。この変化が起こった原因はまだわからないが、何らかのゆっくり変化する因子による変化(ultra-slow modulation)によって起こったと考えるのが合理的だという。解析の結果、このゆっくりとした変化が、京大で長年研究されてきたDC電位に強く関連することがわかった。これらの結果から、てんかん発作が力学系モデルによって分類され、そのモデルから作られる発作マップにより、てんかん発作のさまざまな側面が説明できることが確認された。
発作マップで発作を起こしやすい状態を予測し、治療介入による予防を目指す
てんかんの発作時脳波を力学系モデルに基づき分類することで、今までにはなかった観点から発作を分類することが可能となった。また、発作分類を確認し、脳の状態が発作マップのどの状態にあるかを予測することは、さまざまな応用が可能だという。例えば、患者が今どのくらい発作を起こしやすい状態にあるか(マップ上でどれだけ発作の領域に近いか)を予測し、もし発作を起こしやすい状態であれば治療介入によって発作を予防することができると考えられる。さらに、頭蓋内に留置した電極からの電気刺激で発作を止める技術があるが、どの発作パターンにどのような刺激がより効果があるか(マップでいえば発作から遠ざけることができるか)を示すことができる可能性がある。
研究グループは、「ゆっくり変化する因子によって、発作の種類が移行することがあるということがわかったが、この因子は通常の状態から発作の状態への移行にも関わっていることが予想される。この因子がどのようなものかがわかれば、逆に脳の状態を発作から遠ざけるために利用することができるだろうと考えられる」と、述べている。
▼関連リンク
・京都大学 研究成果