ATAD3遺伝子クラスターは、配列の類似性が高くゲノム解析が困難だった
千葉県こども病院は7月10日、新生児の重篤なミトコンドリア心筋症を呈する日本人症例のゲノム解析を行いATAD3遺伝子クラスターの重複が発症に関与することを同定し、また、国際連携により大規模な解析を行い16家系で同様の重複を見つけたと発表した。ATAD3 遺伝子の重複を発見した研究は、千葉県こども病院遺伝診療センター・代謝科の村山圭部長の研究グループが、順天堂大学・難病の診断と治療研究センターの岡﨑康司教授(センター長)、埼玉医科大学小児科/ゲノム医療科の大竹明教授らの研究グループとの共同研究として行ったもの。また、大規模解析は、オーストラリア等との国際共同研究として行ったもの。研究成果は、Cell出版社の論文誌「Med」に掲載されている。
画像はリリースより
ミトコンドリア病は、5,000人に1人が発症するとされる難病として知られている。研究グループは、2015年度から日本医療研究開発機構 (AMED) による「ミトコンドリア病診療の質を高める、レジストリシステムの構築、診断基準・診療ガイドラインの策定および診断システムの整備を行う臨床研究」、2016 年から「創薬を見据えた、ミトコンドリア病の新規病因遺伝子の発見とその病態解明」、2017 年から「ミトコンドリア病診療マニュアルの改訂を見据えた、診療に直結させるミトコンドリア病・各臨床病型のエビデンス創出研究」、2020 年から「多様なミトコンドリア病の遺伝子型/表現型/自然歴等をガイドラインに反映させていくエビデンス創出研究」および「長鎖・短鎖シーケンシング技術の統合による構造変異の検出と非翻訳領域情報を駆使した未診断症例の解決」を通して、日本におけるミトコンドリア病診療の基盤構築に寄与してきた。また、AMED の臨床ゲノム情報統合データベース整備事業における研究開発課題として「希少・難治性疾患領域における臨床ゲノムデータストレージの整備に関する研究」および「真に個別患者の診療に役立ち領域横断的に高い拡張性を有する変異・多型情報データベースの創成」、「日本人小児ミトコンドリア病の固有 VUSに対する網羅的な機能的アノテーション」に関する研究を行い、ミトコンドリア病のゲノムデータ登録にも携わってきた。特にミトコンドリア病の原因は多岐に渡っており、ゲノム解析により原因遺伝子を明らかにし、確定診断を行うことで、その後のレジストリや創薬につなげていくことが同研究グループの大きな使命となっている。
ATAD3 ファミリー遺伝子は1番染色体に位置し、ATAD3A、ATAD3B、ATAD3Cのクラスターを形成している。これまでにATAD3Aの遺伝子異常あるいはATAD3AおよびATAD3B、ATAD3C にまたがった欠失は中枢神経系の異常を呈するミトコンドリア病の発症に関与することが知られていた。ATAD3遺伝子クラスターでは、遺伝子間の配列の類似性が高いためゲノム解析は困難を極めていた。今回の研究では、全エクソーム解析および全ゲノム解析の手法を駆使して、複雑な遺伝子異常を読み解いたことにより、新たにATAD3遺伝子領域で重複が生じ、ミトコンドリア心筋症を発症することが明らかとなった。
心筋症を呈する計16家系17患者でATAD3遺伝子にコピー数増加と融合遺伝子を発見
ATAD3遺伝子の重複によって生じるミトコンドリア心筋症は、周産期から発症する致死的心筋症、持続性高乳酸血症、角膜混濁または白内障、脳症を呈する。一方、ATAD3欠失では、中枢神経を中心とした小脳委縮等が特徴的な所見となり、心筋症は報告されていなかった。今回、日本で4症例がATAD3遺伝子の重複を呈することが判明。さらに海外の共同研究グループも同様の重複を発見し、計16家系、17患者で遺伝子異常がみつかった。多くの症例では、出生以前の胎児期から症状を呈しており、新生児早期に非常に重篤な症状を有することがわかった。
ATAD3遺伝子クラスターにおけるATAD3遺伝子の重複は、全ゲノム解析および全エクソーム解析で同定された。結果として、この重複はATAD3Bが1コピー増えることと、ATAD3A/Cの融合遺伝子が生じることになる。症例によってATAD3A/C の融合遺伝子の形が若干異なるが、多くはATAD3Aのエクソン11とATAD3Cのエクソン8で融合した遺伝子産物ができていた。また、家族内の解析を行った結果、両親にはこの重複は観察されず、患者でde novo遺伝子異常として生じ、優性阻害効果を示すことが明らかになった。
ATAD3A/C融合タンパク質が実際に生体内で発現していることは、プロテオーム解析やウエスタンブロットなどで確認された。また、ATAD3の複合体形成を確認したところ、ATAD3遺伝子の重複を持つ症例では、正常検体に比べてATAD3複合体形成が変化していることが明らかとなった。また、同症例はミトコンドリア呼吸鎖複合体形成にも異常をきたしており、ATAD3遺伝子の重複はATAD3複合体の異常を介して、ミトコンドリア機能異常を引き起こしていることが示唆された。
中枢神経異常に加え主症候が心筋症も、融合遺伝子は創薬ターゲットに
今回の研究により、ATAD3 遺伝子の重複がミトコンドリア心筋症の原因として、国内外の17症例から同定された。ATAD3遺伝子の重複は、ATAD3Bのコピー数増加とATAD3A/C 融合遺伝子を生じ、特に融合遺伝子がミトコンドリア機能の阻害をもたらしていると考えられた。ATAD3遺伝子の異常は、点変異あるいは、大きな欠失、重複によっても起こり、さまざまな遺伝子の構造的異常や遺伝形式をとることが明らかになった。
症状においても、中枢神経の異常のみならず、今回の重複例では新たに心筋症を主症候とすることがわかり、症状の多様性も明らかとなった。また、これまでATAD3領域の構造的複雑さから遺伝子異常の検出が難しかったという点で、遺伝子異常が見過ごされてきた可能性があるが、今回の研究で遺伝子異常の詳細を明らかにしたことで、今後同様の遺伝子異常を持つ症例が新たに見つかる可能性が高く、遺伝子診断の精度向上にも貢献すると考えられる。また、ATAD3遺伝子の重複に関しては、ATAD3A/Cの異常な融合タンパク質が疾患発症に寄与している可能性が高いことから、このタンパク質の消去が創薬や治療法の鍵となると期待される。研究グループは、「さらなる病態発症メカニズムの解明が疾患克服に直結すると考えられることから、継続した研究への取り組みが重要になる」と、述べている。
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