ミトコンドリア病の原因遺伝子はmtDNAにも核DNAにも複数存在
千葉県こども病院は7月6日、発達遅滞・小頭症・てんかんを併発する日本人のミトコンドリア病の新たな病因遺伝子としてNDUFA8遺伝子を同定したと発表した。この研究は、千葉県こども病院 遺伝診療センター・代謝科の村山圭部長らのグループが、順天堂大学 難病の診断と治療研究センターの岡﨑康司教授、埼玉医科大学 小児科の大竹明教授らとの共同研究として行ったもの。研究成果は、「Clinical Genetics」の8月号に掲載予定(in press)だ。
画像はリリースより
ミトコンドリアの機能低下が原因となって発症する疾患を総称してミトコンドリア病と呼ぶ。新生児期・乳幼児期に発症する重篤なタイプから成人期に顕在化する軽症なタイプまでさまざまだが、多くは共通の特徴として筋肉や神経に症状が見られる。同共同研究グループは十数年にわたり、全国から寄せられるミトコンドリア病疑い症例の生化学診断と遺伝子診断に取り組んで来た。ミトコンドリア病の原因遺伝子はミトコンドリアDNAだけでなく、核のDNAにも存在しており、これまでに350を超える原因遺伝子が明らかにされていること、またミトコンドリア病の遺伝形式もさまざま(ミトコンドリア遺伝、常染色体顕性遺伝、常染色体潜性遺伝、X 連鎖遺伝)であることから、ミトコンドリア病の遺伝子診断は大変複雑なものとなっている。そのため、新規の原因遺伝子を同定した場合は「確かに疾患の原因であること」を証明するために、多角的な機能解析実験が必要となる。
核ゲノム上のNDUFA8を新規に同定、呼吸鎖複合体Iの活性は正常の3割に
今回、研究グループは、発達遅滞・小頭症・てんかんを併発する日本人ミトコンドリア病症例を対象に生化学診断とゲノム解析を組み合わせて、新規の原因遺伝子の探索と病態解明を目指した。
まず、同症例の血液から抽出したゲノムDNAを対象に全エクソーム解析を実施。その結果、核ゲノム上にNDUFA8遺伝子を新たな原因遺伝子として同定した。
ミトコンドリアでは、4つの呼吸鎖複合体が酸化還元反応(呼吸鎖複合体Ⅰ~Ⅳ)に沿って電子を運び、ATPを産生する「酸化的リン酸化(OXPHOS)」が行われている。呼吸鎖複合体Ⅰは、45個のサブユニットで構成される最大の呼吸鎖複合体だが、研究グループがこれまでに蓄積してきたミトコンドリア病の生化学診断データ(症例数650超)によると、ミトコンドリア呼吸鎖に異常が見られた症例のおよそ8割で、この呼吸鎖複合体Ⅰの活性が消失あるいは低下していた。今回の症例については遺伝子診断に先立って生化学診断が行われ、患者皮膚線維芽細胞のミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅰの酵素活性が正常レベルの約3割に低下していることがわかった。
NDUFA8変異<呼吸鎖複合体の形成異常<発達遅滞・小頭症・てんかん
NDUFA8タンパク質は、ミトコンドリア膜間腔に存在するが、今回同定された遺伝子変異の部位についてタンパク質の機能解析を行なったところ、NDUFA8タンパク質の減少により呼吸鎖複合体全体の形成に異常(欠損)を認め、呼吸鎖複合体Ⅰの他の構成タンパク質と結合する上で重要なアミノ酸であることが判明した。
呼吸鎖複合体Ⅰ欠損症の最も一般的な症状としては、大脳基底核や脳幹の病変、呼吸器異常、筋力低下、発育不全、痙攣、高乳酸血症などが挙げられる。今回の症例の脳MRI所見では脳梁の菲薄化と小脳萎縮を認めた。
以上の結果から、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅰの構成タンパク質の1つであるNDUFA8が遺伝子変異によって失われると、呼吸鎖複合体Ⅰのみならず複合体全体の形成にまで影響が及び、患者の細胞ではミトコンドリア活性が失われ、発達遅滞・小頭症・てんかんを引き起こしていることが明らかになった。
ミトコンドリア病の病態解明と診断法・治療法の開発に期待
今回、ミトコンドリア病の中で最も多い、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅰ活性低下の発生メカニズムの一端を新たに明らかにしたことで、同疾患の病態解明と診断法・治療法の開発につながることが期待される。
ミトコンドリア病の遺伝子診断は大変複雑で、今回は全エクソーム解析により新規原因遺伝子の同定に成功したが、より多くの患者がより早期に遺伝子診断を受けるためには、全エクソーム解析とミトコンドリア病の既知原因遺伝子を包括的に解析するパネル解析の両方の整備が必要であるという。同研究グループは、現在、パネル解析を実施中で、保険収載と民間会社への技術移管を目指し開発を進めている。また、症例ごとにより効果的なプラットフォーム選択(全エクソーム解析か、パネル解析)が行えるよう、臨床所見のスコア化と、スコアに応じたプラットフォーム選択基準の整備にも取り組んでいるとしている。
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・千葉県こども病院 プレスリリース