流産や妊娠高血圧症候群を招く抗リン脂質抗体症候群の原因となる「ネオ・セルフ抗体」
神戸大学は6月26日、2015年に神戸大学と大阪大学の共同研究によって発見された血栓症などの原因となる新しい自己抗体(ネオ・セルフ抗体)が、不育症に苦しむ女性に高頻度に検出されることを世界で初めて証明したと発表した。これは、同大大学院医学研究科の山田秀人教授と谷村憲司准教授(産科婦人科学分野)、大阪大学微生物病研究所の荒瀬尚教授らを中心とする研究グループによるもの。研究成果は、「Arthritis & Rheumatology」に掲載されている。
画像はリリースより
不育症は、不妊症と違い妊娠はできるが、流産や死産を繰り返す病気だ。日本では不育症患者が推計140万人いると考えられており、少子高齢化が進む日本において克服すべき重要課題である。しかし、不育症患者の半数以上は原因不明で、治療法もわからないことが多いというのが現状だ。
一方、大阪大学微生物病研究所(以下、微研)の荒瀬尚教授と神戸大学医学部の谷村憲司准教授の共同研究により、脳梗塞のように重要な臓器の血管に血の塊が詰まって生命を脅かす血栓症や流産、妊婦の生命を脅かす妊娠高血圧症候群などの病気を引き起こす抗リン脂質抗体症候群という病気の原因となるネオ・セルフ抗体が発見され、2015年に発表されている。
流産を繰り返す不育症の症状は、抗リン脂質抗体症候群と共通点がある。そのため、これまで原因が不明とされていた不育症にネオ・セルフ抗体が深く関わっている可能性があると考えられた。そこで、神戸大学、富山大学、岡山大学、東京大学、兵庫医科大学の5つの大学病院が協力して不育症患者の血液サンプルを集め、微研でネオ・セルフ抗体を測定することにより、世界で初めて不育症とネオ・セルフ抗体の関係を明らかにするための臨床研究を行った。
不育症女性の23%がネオ・セルフ抗体陽性、不育症になりやすいHLA-DR4遺伝子型の頻度も高く
今回の研究では、不育症研究に力を入れている神戸大学を中心とした全国5つの大学病院において外来を受診した不育症カップルより同意を得て、ネオ・セルフ抗体を測定。同時に甲状腺機能、カップルの染色体検査、ならびに、抗リン脂質抗体などの血栓ができやすい体質を調べる血液検査などを行い、不育症の原因を詳細に調べた。また、カップルにおいてヒト白血球抗原(HLA)クラスⅡというさまざまな病気へのなりやすさに関係する遺伝子の型(例えば、HLA-DR4という型を持っている人は不育症になりやすい)を調べる検査を行った。
ネオ・セルフ抗体の検査方法については、同研究グループが考え出した手法(特許技術)を用いて行った。具体的には、まず、抗リン脂質抗体症候群を引き起こす抗体の標的であると考えられているβ2グリコプロテインIというタンパク質と抗リン脂質抗体症候群になりやすい型のHLAクラスⅡが合体したもの(複合体)を細胞表面に出した細胞を作る。それを患者の血液と反応させて、細胞表面の複合体と結合した抗体(ネオ・セルフ抗体)を検出するという方法だ。
まず、健康な赤ちゃんを産んだことのある不育症ではない正常女性208人のネオ・セルフ抗体を測定し、正常値を決定。その上で、不育症の女性227人についてネオ・セルフ抗体を測定したところ、52人(23%)の患者で陽性となった。不育症におけるネオ・セルフ抗体陽性の頻度は、不育症の原因を調べるための検査で判明した子宮奇形や子宮筋腫などの子宮の病気、甲状腺機能の異常、カップルいずれかの染色体異常などの因子の頻度の中で最も高く、ネオ・セルフ抗体が不育症を起こす重要な原因になっている可能性が示された。さらに、日常的に行われている不育症の原因を調べるための検査を行っても原因がわからない不育症女性は過半数の121人を占めたが、そのうち24人(20%)でネオ・セルフ抗体のみが陽性という結果が得られた。特に、抗リン脂質抗体検査が陰性となった女性のうち、ネオ・セルフ抗体が陽性となった人が多くいたという。また、ネオ・セルフ抗体が陽性であった不育症の女性では、陰性であった不育症の女性と比べ、不育症になりやすいとされるHLA-DR4という遺伝子の型を持っている人の頻度が高くなっていたという。
リウマチなどの自己免疫疾患においても、それらを引き起こすネオ・セルフ抗体が存在する可能性
これまで、なぜ、HLA-DR4の遺伝子を持った人が不育症になりやすいのか不明だったが、今回の発見はその理由を解くカギとなることが期待される。ネオ・セルフ抗体を測定することで、不育症の発症メカニズム、特にこれまで原因が分からなかった不育症の発症メカニズムが解明でき、少子高齢化問題の解決につながる可能性がある。
今回の研究で、ネオ・セルフ抗体が不育症の重要な原因であることが示唆された。研究グループは、「今後は、ネオ・セルフ抗体の産生を抑えたり、その働きを阻害したりするような薬剤を開発したいと考えている。また、ネオ・セルフ抗体の研究は、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全など原因がわかっていない産科的疾患の発症メカニズム解明や治療法開発に応用できることが期待される。さらに、リウマチなど患者数の多い自己免疫疾患においても、それらを引き起こすネオ・セルフ抗体が存在する可能性があり、リウマチ学や免疫学に革新的な発展をもたらす可能性がある」と、述べている。
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