JCV感染による進行性多巣性白質脳症とBKV関連腎症の標本からマイクロRNA解析
日本医療研究開発機構(AMED)は5月28日、ウイルス性日和見感染症におけるウイルス由来マイクロRNAを標的とした新しい病理診断の開発を行い、新規治療法開発のための解析を行ったと発表した。この研究は、国立感染症研究所感染病理部の片野晴隆氏らの研究グループが、AMEDの感染症実用化研究事業(エイズ対策実用化研究事業)「ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究」(研究代表者 照屋勝治)において行ったもの。研究成果は、「PLOS Pathogens」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
進行性多巣性白質脳症(Progressive multifocal leukoencephalopathy; PML)は、JCポリオーマウイルス(JC polyomavirus; JCV)の感染によって、エイズや血液系悪性疾患など、主に免疫抑制状態の患者に発症する中枢神経系の疾患。多くが致死的経過をたどるが、現在有効な治療法は確立されていない。さらに近年、抗体医薬や多発性硬化症での薬剤使用による発症が報告され、注目されている。BKポリオーマウイルス(BK polyomavirus; BKV)の感染によるBKウイルス関連腎症も、同じく主に免疫抑制状態にある患者に発症する日和見感染症のひとつだ。
マイクロRNAは、生物の遺伝子にコードされる約20塩基からなる小型のRNAで、細胞でタンパク質の発現を制御することが知られている。多くのDNAウイルスは遺伝子にそれぞれのマイクロRNAをコードしている。ウイルスに感染した細胞からはウイルス由来マイクロRNAが産生されるが、病理組織標本上での局在は明らかにされておらず、その機能についても限られた知見しか得られていなかった。
ウイルス由来マイクロRNAの検出と定量に成功
今回、研究グループは、ウイルス由来のマイクロRNAを検出するin situ hybridizationの技術を確立。これにより、病理学的に確定診断された進行性多巣性白質脳症およびBKウイルス関連腎症の病理組織標本上で、それぞれJCV、BKVに由来するマイクロRNAが、ウイルス感染細胞の核に発現することを明瞭に示した。これは、病理組織標本上で、ウイルス由来マイクロRNAの局在を明瞭に示した世界初の報告だ。
次に、JCV由来マイクロRNAについて、組織での発現をリアルタイムPCRによって定量する検出系を確立。これにより、進行性多巣性白質脳症の脳組織では、対照の脳組織よりもウイルス由来マイクロRNAの発現量が有意に高いことが示され、ウイルス由来マイクロRNAの発現量の測定が診断に有用となることが明らかとなった。
マイクロRNAはウイルス自身の増殖制御に働いていた
さらに、培養細胞系を用いて、マイクロRNAをコードする領域が変異したJCVを産生させる実験を行ったところ、マイクロRNAを欠損させた変異株では、ウイルスタンパク質の発現が著明に増加することが判明。これにより、JCV由来のマイクロRNAが、ウイルス自らのタンパク質の発現を抑制させる働きを持つことが示され、自身のマイクロRNAを介して、ウイルスが自らの増殖制御機構を有することを明らかとなった。
今回の研究により、病理組織標本上で、ウイルス由来マイクロRNAの局在が明瞭に示され、進行性多巣性白質脳症の組織からは、ウイルス由来マイクロRNAを定量することも可能となった。マイクロRNAは小型のRNAであり、通常の病理組織標本の作成過程におけるホルマリン固定の影響を受けにくいことが考えられる。ウイルス由来マイクロRNAを標的とした検索は、既存の手法では解析の難しかった過去の組織検体に対しても、ウイルス感染症の病理解析として有用であり、画期的な診断法となる可能性がある。さらに、培養細胞系の実験では、ウイルス由来マイクロRNAによるウイルス自らの増殖抑制機構も明らかとなったことから、将来的に、ウイルス由来マイクロRNAを標的とした、ウイルス感染症における新規治療法の開発が期待される。
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・日本医療研究開発機構 プレスリリース