TAM患者由来iPSを樹立して、21番人工染色体を導入のESと比較解析
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は5月11日、ダウン症候群に合併する一過性骨髄異常増殖症(transient abnormal myelopoiesis: TAM)において、GATA1遺伝子の変異に起因する異常な血液細胞の分化と増殖をもたらす、責任細胞集団の同定に成功したと発表した。この研究は、CiRA臨床応用研究部門の西中瑶子研究員(現・京都大学大学院人間健康科学系助教)、丹羽明特定拠点助教、齋藤潤准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、
「Haematologica」に掲載されている。
画像はリリースより
TAMはダウン症候群(トリソミー21)に合併し、白血球増加や血小板減少といった症状を呈する一過性の前がん病態。自然治癒する軽症例が多い一方、重症例ではしばしば致死性であることが課題となっている。TAMの原因遺伝子として、赤血球分化や巨核球分化に関与する事が知られているGATA1遺伝子の変異が同定されている。しかしながら、GATA1遺伝子変異の影響を受けて最も病態に寄与しているのはどの細胞か、ということがこれまで明らかにされていなかった。
今回、研究グループは、TAM患者の細胞から樹立したiPS細胞(TAM-iPS)と野生型胚性幹細胞(ES細胞)に21番人工染色体を導入したES細胞(Ts21-ES)を用いて解析を行うことで、TAMの表現型であるGATA1遺伝子変異依存的な異常造血を試験管内で再現。その上で、その表現型に最も寄与していると考えられる造血前駆細胞分画の同定を試みた。
分化過程を段階的に解析、GATA1変異での異常造血に寄与する造血前駆細胞集団を同定
まず、初期造血分化過程におけるGATA1遺伝子変異の影響を受けた分画の同定を行った。ゲノム編集技術を用いてTAM-iPS細胞株のGATA1遺伝子変異を修復し、同時に、Ts21-ES細胞株のGATA1遺伝子には逆に変異を導入。これにより、遺伝的背景の異なる2ペア(計4株)の細胞を用いて、それぞれでGATA1遺伝子変異だけによる影響を厳密に比較することを可能にした。これら4株を造血分化誘導し、GATA1遺伝子変異の有無による分化細胞の構成に差が見られるのが分化開始9日目であることを見出した。そこで、分化開始9日目の造血前駆細胞を、より系統特異的なマーカーであるCD41、CD71、CD11bの発現パターンにより、3分画(P-mye、P-erymk41(-)、P-erymk41(+))に分類。その結果、GATA1遺伝子変異の有無による細胞存在率に差が見られたのは、P-erymk 41(-)およびP-erymk 41(+)の2分画だった。
続けて、分化開始9日目から16日目まで1週間の浮遊培養を行い、培養前の造血前駆細胞分画の割合と培養後に産生された各系統に分化した細胞数の相関を調べた。すると、P-erymk 41(+)分画のみが、GATA1遺伝子変異の無い株における赤血球系および巨核球系細胞、またGATA1遺伝子変異を有する株におけるより未熟な巨核芽球細胞との間に強い相関を示した。これらのデータから、GATA1遺伝子変異の影響を最も受けている造血前駆細胞分画は P-erymk 41(+)であることが示唆された。そこで、P-erymk41(+)分画における造血分化関連遺伝子の発現を、GATA1遺伝子変異の有無により比較。その結果、GATA1遺伝子変異を有する細胞では、遺伝子発現レベルでも白血球系への傾倒や、細胞周期およびDNAダメージ関連経路の濃縮が見られた。
通常は巨赤芽球系統へと分化する細胞集団、GATA1変異で骨髄球系に偏り異常増殖
次に、GATA1遺伝子変異を有するP-erymk41(+)分画の分化能の解析を行った。Ts21-ES細胞株およびTAM-iPS細胞株ペアを造血前駆細胞まで分化誘導し、P-erymk41(+)、P-erymk41(-)分画を単離したところ、形態学的にはGATA1遺伝子変異の有無による差は見られなかった。しかし、単離した前駆細胞分画を別々に1週間浮遊培養し、巨赤芽球系または白血球系へと分化させて得られる細胞数を比較したところ、GATA1遺伝子変異を有する細胞は白血球特異的分化条件下で有意に高い細胞増殖を示した。さらに、その変化率は、P-erymk41(+)分画でP-erymk41(-)分画よりも大きいことがわかった。これらのデータより、P-erymk41(+)分画が、TAMの異常な白血球増殖に最も大きく寄与する造血前駆細胞分画であることが示された。
今回、Ts21-ES細胞株および TAM-iPS細胞株を用いて構築した疾患モデルを造血分化の段階ごとに解析することで、TAMの病態に関連する異常造血が、巨赤芽球系前駆細胞であるP-erymk41(+)分画の寄与によることを同定した。P-erymk41(+)分画は赤血球分化阻害および巨核球成熟障害と、TAMにおける異常な細胞増殖の両方に対して、最もインパクトを与える分化段階であることが示された。また、GATA1遺伝子変異を有することで、白血球系への傾倒だけでなく、細胞周期や DNAダメージ経路の活性化も見られたことにより、これらの細胞において遺伝子発現レベルでは腫瘍様の性質がすでに獲得されていることが示唆された。
TAMはダウン症候群に合併する急性巨核芽球性白血病(DS-AMKL)に先行する病態であり、DS-AMKLはGATA1遺伝子変異を有するTAM細胞がさらに後天的な遺伝子変異を追加的に獲得した結果発症すると考えられている。そのため、GATA1遺伝子変異の機能的および分子的な影響が及び始める最も適切な細胞集団を同定することは重要な課題だった。研究グループは、「この観点から、本研究の疾患モデルはTAMだけでなくDS-AMKLの病因解明、発症予測および治療戦略に新たな知見をもたらしたと考えられる」と、述べている。
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