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日本人の胃がんリスクとなる遺伝的背景と生活習慣が判明、大規模ゲノム解析で-東大ほか

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2020年05月08日 PM12:30

胃がんはヒト側の遺伝的素因や環境因子との関連性について全体像が未解明

日本医療研究開発機構は5月7日、大規模な人種横断的胃がんゲノム解析により、アジア人特有のALDH2遺伝子多型と飲酒・喫煙習慣との組み合わせによる胃がんを明らかにしたと発表した。この研究は、同大先端科学技術研究センターゲノムサイエンス部門の鈴木章浩指導委託大学院生(研究当時)、油谷浩幸教授および同大大学院医学系研究科衛生学分野の加藤洋人准教授、石川俊平教授らの研究グループが、同人体病理学・病理診断学分野の牛久哲男教授、深山正久教授(研究当時)、同消化管外科学の瀬戸泰之教授、横浜市立大学外科治療学の利野靖診療教授、肝胆膵消化器病学の中島淳教授、国立がん研究センターの柴田龍弘がんゲノミクス分野長らのグループと共同で行ったもの。研究成果は、「Science Advances」で公開されている。


画像はリリースより

胃がんは、日本をはじめ東アジアで最も頻度の高い悪性腫瘍。がんゲノムシーケンスの進歩によって、胃がんのドライバーとなる体細胞ゲノム変異についてはその全体像が明らかになってきた。胃がん発生リスクについてはピロリ菌がよく知られているが、ヒト側の遺伝的素因やそれらと環境因子との関わりについて、その全体像は明らかになっていなかった。

アジア人特有のALDH2遺伝子多型と飲酒・喫煙習慣との組み合わせで胃がんリスク上昇

今回、研究グループは、243人の日本人胃がん症例およびTCGAデータベースにある288人の胃がん症例に対する全エクソームシーケンスデータを統合し、アジア人319症例と非アジア人212症例、合計531症例の人種横断的胃がんゲノム解析を実施。変異シグネチャと呼ばれる体細胞ゲノム変異のパターンによってこの531例を分類したところ、アルコール摂取によって起こると報告されている変異シグネチャ「シグネチャ16」が優位に認められるクラスターが存在することを発見した。またこのクラスター中の症例の多くがアジア人であり、さらにALDH2(アルコール分解酵素)遺伝子多型のうちアルコールを分解できないタイプのアレル(rs671-AA or AG)を保有していることがわかった。

生活習慣と胃がんゲノムとの関連について詳細な解析を行うため、日本人胃がん症例に限った解析を行ったところ、シグネチャ16が優位なクラスターは胃がん症例全体の6.6%(16/243)を占めていた。その多くは不活性型ALDH2アレルを持ち、かつ飲酒および喫煙の習慣がある症例だった。不活性型ALDH2アレル(rs671-AA or AG)は日本・韓国や中国東部など東アジアに特有に見られる多型で、この遺伝子多型と飲酒習慣との掛け合わせでシグネチャ16が優位ながんが発症することは東アジア人に特有の現象と考えられるという。不活性型ALDH2アレルを持つ症例は、飲酒習慣のみ、あるいは喫煙習慣のみの症例に比較して、飲酒・喫煙両方の習慣を持つ症例で相乗的にシグネチャ16のゲノム変異が蓄積していた。このいわゆるアルコール・喫煙関連胃がんは、全体的に体細胞変異の数が少なくB細胞の浸潤が多いなどの生物学的特性を有していた。日本人において飲酒が胃がんのリスクを上げることは疫学的に報告されているが、喫煙習慣との掛け合わせによってシグネチャ16パターンのゲノム変異密度が相乗的に上昇することは、今回の研究によって初めて明らかにされた。

E-カドへリン遺伝子の病的胚細胞バリアントが、日本人胃がん患者に高頻度で存在

近年、臨床的に問題となるような中程度以上のがん発症リスクを示す遺伝的素因の探索にゲノムシーケンスによるレアバリアントの探索が用いられ、欧米における胃がんについてはPALB2, BRCA1/2, RAD51等の二重鎖切断の相同組み換え修復に関わる遺伝子の病的胚細胞バリアントが報告されている。243の日本人胃がん症例について、非腫瘍部の全エクソーム配列からさまざまな人種で頻度が1%未満でかつ病的意義が予測されるレアバリアントの解析を行ったところ、624種類のがん関連遺伝子のなかでE-カドへリン遺伝子が最もバリアント密度が高いと判明。E-カドへリンは細胞間接着分子であり、遺伝性びまん型胃がんの原因遺伝子として知られている。243の胃がん症例のうち18症例(7.4%)でE-カドへリン遺伝子にアミノ酸置換を伴うバリアントがみられた。重要な所見として、これらのバリアントを持つ18症例のうち大部分の14症例がびまん型胃がん(低分化型胃がん)であり、解析した243症例中のびまん型胃がんの割合(43.2%)と比較して大きく偏っている。この結果は非アジア人で見つかったバリアントと対照的であり、びまん型胃がんがE-カドへリンの機能喪失によって起こることを考えると、これらのレアバリアントが病的胚細胞バリアントとしてびまん型胃がんの発症に関与していることを強く示す。E-カドへリン遺伝子の病的胚細胞バリアントは日本人のびまん型胃がん症例中13.3%(14/105)に認められた。

今回見つかったE-カドへリン遺伝子の病的胚細胞バリアントは5か所に集中しており、日本人集団中では1%以下ではあるものの一定の頻度で存在し、非アジア人症例には全く認められなかった。その一方で日本人と韓国人には共通してみられることから、少なくとも東アジア一帯に広く分布するアレルであり、この一帯が胃がんの高頻度地域になっている原因の一つである可能性も考えられた。見つかったレアバリアントのなかにはV832MやG62Vなど過去に遺伝性びまん型胃がん家系で報告されたバリアントもあったが、今回解析したバリアント保有患者は、家族歴がない患者あるいは弱い家族歴を持つ患者だった。このことより、E-カドへリンの病的胚細胞バリアントの浸透率は、ピロリ菌の感染様式や食生活の影響などを受け時代とともに変化している可能性が推測された。家族歴が明確ではなく臨床的に孤発例だと考えられていたびまん型胃がん症例のなかに、E-カドへリン遺伝子の病的胚細胞バリアントを有する症例が1割以上の高い頻度で含まれていることは、重要な知見と考えられる。

胃がんゲノム研究によって明らかにされた、遺伝的素因や環境因子との相互作用による日本人の胃がんリスクの解明は、臨床的・社会的に重要な意義を持つと考えられる。今回の結果ではびまん型胃がん症例の約5分の1(22/105、21.0%)が、不活性型ALDH2とアルコール摂取・喫煙習慣の組み合わせ、またはE-カドへリンの病的胚細胞バリアントに関連していた。研究グループは今回の成果について、「胃がんのハイリスク群を遺伝的素因によって絞り込み、飲酒・喫煙といった生活習慣を改善することによる予防や、血縁者を含めた綿密な内視鏡スクリーニング等による早期発見などの効果的介入を行うための重要な知見と考えられる」と、述べている。

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