時計タンパク質「PER2」の安定性が、概日時計の発振速度に与える影響について研究
東京大学は4月28日、3つのPERタンパク質のうちPER2タンパク質のリン酸化修飾が体内時計の針の進む速さを調節するスイッチとして機能することを明らかにしたと発表した。これは、同大大学院理学系研究科の増田周作大学院生、吉種光助教、深田吉孝教授ら国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載されている。
画像はリリースより
生物は長い進化の過程で概日時計を獲得し、睡眠覚醒リズムや代謝リズムを地球の自転による24時間周期の環境変化に最適化してきたが、時差のある地域への航空機を使った移動やシフトワークのように、現代社会に特有の生活リズムの撹乱は概日時計を狂わせ、発がんやうつ病リスクの増加などさまざまな疾病をもたらす。これらの問題の解決のためにも、概日時計がどのような仕組みに基づいて振動しているのかを理解することは重要な課題だ。これまでの研究から、概日時計は時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群と、それらをもとに合成された時計タンパク質の制御ネットワークを分子基盤とすることが明らかになっている。時計タンパク質の多くは、リン酸化修飾によってその機能が制御されるため、このリン酸化を個別に制御することができれば概日時計を自在に調節できると期待される。
時計タンパク質の1つであるPER2は、マウスの各臓器・細胞において夜中に蓄積し、概日時計による遺伝子の発現をリズミックに抑制する機能を持っている。PER2タンパク質は、その分解速度が複数のリン酸化のバランスによって決まっている。これまでの研究から、PER2を安定化するリン酸化部位を含むFASP領域と、不安定化するリン酸化部位であるβ-TrCP領域が特に重要で、そのどちらがリン酸化されるかによってPER2タンパク質の安定化・不安定化のバランスが調節されること(通称リン酸化スイッチ)が明らかにされていた。しかし、PER2タンパク質の安定性が概日時計の発振速度に与える影響は、十分に検証されていなかった。
PER2のリン酸化スイッチが、概日時計の周期の温度補償性に関与することが判明
研究グループは、PER2の不安定化に関与するリン酸化部位であるβ-TrCP領域に変異を導入したマウス(PER2-S478A変異マウス)を作製して解析を実施。恒暗条件下における輪回し行動の計測によって、この変異マウスの概日時計の周期を調べたところ、野生型マウスに比べて周期が長いことが明らかになった。
また、この変異によってPER2は安定化するため、肝臓細胞の核内におけるPER2の発現量は変異マウスにおいて増加した。さらに、PER2の安定化は、PER2と協同的にはたらく時計タンパク質であるCRYの核内発現量の増加も同時に引き起こすことが明らかになった。これは、PER2の量が核内へ移行するCRYの量を決定するという先行研究において提唱されていたモデルにも合致する。蓄積したPER2やCRYは、通常よりも長時間に渡り遺伝子の発現を抑制することで次のサイクルへの移行を遅延させたため、概日時計の周期を長くしていたことが考えられるという。
さらに、PER2のリン酸化スイッチが、概日時計の周期の温度補償性に関与することが明らかになった。一般的な化学反応は温度が高くなると反応速度が上がるのに対し、概日時計は異なる温度においても周期をほぼ一定に保つという温度補償性があることが知られているが、そのメカニズムはほとんど明らかにされていなかった。PER2のリン酸化反応は比較的温度の影響を受けないという報告があり、PER2のリン酸化スイッチは概日時計の周期の温度補償性において、重要な制御である可能性が考えられた。そこで、PER2-S478A変異マウスから線維芽細胞を作製し、発光レポーターを用いて細胞の概日リズムを可視化。異なる温度条件下で細胞を培養したところ、PER2-S478A変異マウス由来の細胞は温度変化に対する周期の変化が野生型と異なることが判明した。ただし、温度補償性は完全には失われなかったため、PER2のリン酸化スイッチ以外にも温度補償性にかかわる制御があることが示唆された。今回の研究を手掛かりとして、概日時計の温度補償性のメカニズムの詳細が今後明らかになることが期待される。
研究グループは、「本研究により、PER2のβ-TrCP領域のリン酸化修飾が概日時計の周期制御に重要であることが示された。将来、このリン酸化制御を標的とした薬剤が開発されれば、概日時計の乱れに由来するさまざまな疾患の治療に役立つことが期待される」と、述べている。
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